Nature Photograph & Essay  里山自然探訪 2004年6月6日号
                                             撮影:神戸市北区/2004年6月2日
シチダンカ
  アカマツ林が沸き返らんばかりだったハルゼミの大合唱も、梅雨入も間近となり寂し気で切れ切れな独唱に変わった。山道のウツギの枝先は純白の花がたわむほど咲き誇り、イチモンジチョウやコハナバチが忙しく飛び回っている。谷川に沿う道には、コアジサイの青紫の小花の塊が淡く霞のように浮かび、近づく陰鬱な季節を思うと沈みがちな気分を随分と和らげてくれる。
 ユキノシタ科の花々が辺りを飾り始めると思い出すのがシチダンカ。薄暗い森の大樹の懐に、淡いブルーの萼片が小さな惑星のように環状に並んで咲いている。静寂な空気の中で盛りの花を見つめていると、宇宙に迷い込んだように森は幻想の世界へと変貌する。
 シチダンカは六甲の山中で発見されたヤマアジサイの八重の品種。江戸末期にシーボルトが『フロラ・ヤポニカ』で紹介したが、1959年に荒木慶治の再発見を待つまで、だれもこの幻の花を見ることはなかった。今では、挿し木で増殖された株が広まったので、神戸ではアジサイの季節の訪れを知らせる馴染みの花となている。
 シーボルトが現した図版の葉は広楕円形だという。神戸のシチダンカの葉は細く、これが真の幻の花なのかを疑問視する人もあり、現に広楕円形の野生の品種が他所で発見され、神戸のシチダンカの処遇は揺れ始めている。それはそれとして、今にも降り出しそうな薄明かりの下で、チカチカと輝く青い花の惑星が名花であることに変わりはないだろう。

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