Nature Photograph & Essay  里山自然探訪 2004年7月13日号
                                             撮影:神戸市西区/2004年8月10日
ミヤマクワガタ
  里山の自然の一要素として、社寺林は貴重な存在だ。周辺が開発されても、神そのものである鎮守の森だけは、手つかずのまま古い歴史を積み重ねてきた。しかし、大都市の近郊では、その森でさえ豊かな緑は失せようとしている。
  大震災の後、世の中を震撼させる凶悪事件が相次いだ。真昼でさえ子女は安心して外を歩けない。人通りの少ない郊外の道は、藪の草が刈られ、灌木も切られ、引き込み防止のフェンスに囲まれる。社寺林も例外ではない。はるか先まで見通せるように、下草や低木は見事に始末され、怪しげな人の隠れる術はもうない。よく撮影に行く神社も例外ではないから、年ごとに整理が行き届き、見違えるほど綺麗になってきた。一方、草や木が消えたから、虫も、鳥も、蛇も激減し、クワガタムシやカブトムシも急激に数を減らした。この虫たちは、薄暗い湿り気のある林床の朽ち木や落ち葉の下で幼虫期を過ごすから、下草や朽ち木を取り除き、乾いた土がむき出しになった林でもはや暮らせない。
 梅雨も明けぬのに、お盆前後のような猛暑の続く日、年々少なくなってくるクワガタの様子を見に、久しぶりにその林にやって来た。目当てのアベマキの大きな樹に近づくと、すでに鳴きだしたニイニイゼミの声を打ち消す程に「ブン、ブン」と喧しいカナブンの羽音が聞こえてくる。この姦しさは樹液が出て、沢山の昆虫が集まっている証拠。居た。ミヤマクワガタだ。樹液を、カナブンやシロテンハナムグリと奪い合うように舐めている。さらに樹の上にも樹液が出ていて、気持ち悪いほどカナブンばかりが群れている。この仲間は熱帯や亜熱帯に繁栄するから、町の街路樹でもよく見かけるようになったのは、温暖化の影響かもしれない。カナブンの軍団にブロンズ色の鎧に身をかためた騎士も気後れするのか、これ以外にクワガタムシは見ることは出来なかった。
 最近のクワガタムシに、危機は更に加わる。クワガタムシは熱帯魚並みのペットとなり、スーパーやDIYの店頭にさえ、かつて夢の虫であった海外のオウゴンオニクワガタなどが何気なく置いてある。手軽に手にいる虫だから、捨てるのも気安い。以前、この木の根本にも大鋸屑や飼育用の止まり木がぶちまけられていた。とすれば、このミヤマクワガタは純粋にこの地の血を引き継ぐ個体であるかと疑念が過ぎる。このクワガタは関西では夜間の活動が多く、昼間によく活動するのは関東以北のはず。関西のこの地で、昼間にカナブンと餌を奪い合うクワガタは東育ちの風来坊の子孫ではないのか?虫の飼育に飽きた少年に見捨てられた、関東由縁のミヤマクワガタだとすれば・・・。どうやらこの不安は、しだいに現実になりつつあるのかもしれない。
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