Nature Photograph & Essay  里山自然探訪 2005年02月02日号
                                             撮影:神戸市西区/2005年01月24日
凍風のアシ原/オオジュリン
 凍てつくような北風は、窓を開け放った車の中に容赦なく入り込んでくる。後ろの座席に座る妻は寒さに震え、「寒い、寒い」を連発している。冷たい空気を吸わぬよう口を薄く開けて息をしているのか、「シィー、シィー」と唇を頼りない口笛のように鳴らし続けている。窓を開けなければ視界は制限され、鳥の鳴き声も聞こえないから、冬の鳥見はどんなに寒かろうが窓は閉められないのだ。目を皿のようにして、ただただ鳥影を探し、寒さを忘れるしかない。
 昨年は台風の当たり年だった。29個もの台風が発生し、何と10個が日本に上陸。台風23号など、各地に計り知れない災害をもたらした。我が家に近い川も何度も増水し、濁流で川岸はえぐれ、河川敷の草や木ははなき倒され、川の風景は変貌した。寒さの底の季節、河原の枯れ草はのっぺりと地を這い、例年に増して灰色の寒々しい荒野に映る。そんな河原に目立つのは枯れアシの群落だ。しっかりと地中に根を張り、柔らかく折れにくいからか、特に岸よりに沢山の群落が残っている。かなり種の落ちた穂は、皆南南東に向かって手招きのように風になびいている。
 冬、アシ原に暮らす鳥の代表はオオジュリン。漢名では大寿林。ジュリンとは奇妙な言葉だが、「チュイーン」という鳴き声に因む和名である。アシ原のような湿り気のある草原を好み、冬は繁殖地の北方から西日本に渡ってくる。体色は灰褐色の地に褐色の縦班を交え、アシの枯れ枝によく似た地味な色彩で、しかも茎に縦に止まることが多いから、枯れ茎に紛れる小さな鳥を探し出すのは難儀だ。しかし、今年の河原はアシ原を囲う草木がほとんど無く、島のように枯れ残った群落は、その奥までも透けて見えそうだから、オオジュリンをじっくり観察するには絶好の年に違いない。物好きにも、吹きさらしの河原に鳥見にやって来たのはこの鳥がお目当てなのだ。
 車が枯れアシの群落に近づく。「チリ、チリ」という鳥の声が北風と共に車窓に飛び込んで来た。この声に間違いないと、車を声のする方に更に寄せる。すぐに雀ほどの淡い茶褐色の影が五つ、六つ風に煽られるように宙に舞い、急降下して近くの草むらに飛び込んだ。
 絶え間なく入り込んでくる冷たい風に震えながら、鳥の気配のする辺りに目を凝らす。やがて「チリ、チリ」と地鳴きが聞こえ、枯れ草が揺れ始めた。アシの枯れた茎に足を掛け、少しずつ上に登って来る。嘴で葉鞘を剥ぎ、越冬中の小さな虫を食べているのだろう。車のエンジンを止め息を凝らす。地面の種を啄む気配もする。次第に一匹、二匹と地上に飛び出してきて、あちこちで茎が揺れ、茎の間にチラチラと見え隠れする。そして、地鳴きは一層賑やかになった。
 川に沿って続く堤防の車道をさらに下ってみる。河川敷のすっかり枯れた草が、時折激しく吹き付ける北風になびく。枯れアシの群落に近づく度に、車の音に驚いたオオジュリンの群が空に舞い上がる。激しい風にあおられて、腹が痛いほど目映い白い光を放ち、瞬く間に枯れ草の河原に溶けて行く。
 数多くの台風の襲来に、我が小さな菜園も綺麗に葉を拡げた野菜の葉を無惨に引きちぎられ、収穫間近かのトマトやナスの実を吹き落とされはしたが、こうして寒風の中で一心に餌を漁る小さな鳥達を見ていると、菜園の被害など些細なことに思えてきた。濁流でもまれた河原の傷跡も、凍風さえ苦にせずエネルギッシュに飛び回る小鳥達の活力を得て、ゆっくりと癒えて行くに違いない。
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