Nature Photograph & Essay  里山自然探訪 2005年03月28日号
                                             撮影:兵庫県三木市/2005年03月24日
捻くれ者に春/ネジキ
 厳しい寒さの頃、すっかり葉を落としたネジキの幹は、ほっそりとして頼りなげで、冴えない灰褐色の樹皮の所々は薄皮が切れ切れのぼろ布のようにめくれ上がり、何とも見窄らしく映った。幾筋も縦にねじれて走る樹皮の裂け目。曲がり、よじれる幹。年毎に素直さを失い、屈折しがちな我が身の写し絵を見るようで、ネジキの生える所は小走りですり抜けて行きたくなってしまうのだ。
 なかなか素直に成長しないネジキの対局にあるのがスギだ。「進木(スキ)」と見る本居宣長や、直木(スクキ)とする有力な語源のように、だれもがすくすく真っ直ぐに育つ木と疑わない。花粉症の元凶は置くとして、神木と崇められ、我が国で最も植栽面積の多い有用樹である。改めてまじまじとソヨゴを見直せば、小枝さえも少し撚れているではないか。スギとのあまりの違いに驚くばかりで、「ねじれている木」でネジキとの名の由来をつくづく納得してしまう。
 その上、ネジキは有毒植物。山羊が葉を食べて死んだという記録もあるとか。近縁のアセビも馬酔木の名のとおり有毒で、鹿が葉を食べないのでシシ(鹿)クワズの別名をもつ。ツツジ科の植物は有毒なものが多く、躑躅(つつじ)は羊が食べて、足踏みをして死んだことに由来していて、本来の漢名は羊躑躅。とにかく、ネジキは見た目が捻くれているばかりか、十分な毒気さえ備えているとなれば、そこまで似たくないと思ってしまう。
 春彼岸も明け、その変質した木も微かに暖かみを帯びた雨をたっぷりと浴び、寒風で乾ききり寒々しい色に染まっていたネジキの幹は水に戻された干し魚のように樹皮の隅々に生気が戻り、枝先や冬芽も紅色を帯び林道に向かい活き活きと枝を伸ばしている。イギリスの近衛兵の帽子のような冬芽は、2個の芽鱗の合わせ目で僅かに左右に割れ、その隙間から青い若芽が春の進み具合を覗き見している。艶やかな若芽が顔を出すのも間近い。
 三寒四温で前進する春に連れ、この赤い枝は着実に巡り来る明るさの兆し。この木の歪なイメージは、更に季節が進み初夏ともなれば薄緑の葉陰に端正に並んぶ純白の花が鈴なりの花房をつけ、鬱陶しい梅雨に清々しさを運んでくれる木へと様変わりするはずだ。木も人も紆余曲折がついて回るけれど、ネジキが一時の不評など意に介せぬ風で淡々と生き抜いているのは、毒を秘める植物の強さだけなのだろうか。
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