Nature Photograph & Essay  里山自然探訪 2005年05月12日号
                                             撮影:兵庫県社町/2005年04月30日
死体を食らう草/ギンリョウソウ
  我が家のドライブはいつも気まぐれ。野歩きに面白そうな場所があれば車を止め、辺りを適当にぶらつき、また宛もなく車で他所に向かう。今日は、ひたすら北を目指して進む。
  山の頂にある古い寺院に登る参道の案内板を見つけた。車を降り、さっそく薄暗い杉林に囲まれた九十九折りの山道を歩き始める。子供は白い虫取り網を握りしめ、嬉しそうに小走りに駆けてゆく。木漏れ日に照らされたミズナラやウラジロシダの瑞々しい新芽など、駆け足で過ぎる若葉の季節を写している間に、子供の伸びやかな笑い声は、山の上へとだんだん遠ざかって行く。
 大木に覆われる暗い林の所為だろうか、中腹まで進んでもめぼしい生きものにほとんど出会わない。道の選択を誤ったかと少し落胆しながら参道を暫く行くと、何か珍しい物でも見つけたのだろうか、妻が歩みの遅いカメラマンを先ほどからずっと待っている風だ。
 落ち葉がたっぷりと堆積した道の際を指さし、「ギンリョウソウ!」と叫んでいる。駆け足で近づくと、示す先に、茎に鱗状の葉を纏い、鎌首を擡げたような太い花をつけた「銀竜草」があった。銀色のキセルを地中に何本も突き立てたようでもある。薄明かりの林床にニョキニョキと生え出し、まるでキノコかと思う怪しく銀色に輝く植物。「幽霊茸」の別名を納得する。
 中国では、その姿と色から「水晶蘭」。ギンリョウソウの属するシャクジョウソウ科は、光合成を行う葉緑体を欠くから緑色ではなく、白、赤、ピンク、クリーム、茶と植物らしからぬ色彩をしている。当然、光合成をする能力は全く無い。ラフレシヤ科やヤッコソウ科などと同様、水分や栄養塩類ばかりでなく、有機物さえも他の植物が作り出したものに頼る「完全寄生植物」。世界最大の花、ラフレシア・アルノルディイは、ブドウ科の植物に寄生し栄養分を収奪している。ギンリョウソウの方は、根に有機物を分解する菌類が共生し、すべての養分を菌根の菌類から得ている「腐生植物」の代表である。
 腐植質の多い湿った広葉樹林に生育し、生物の死体や排泄物の上に生えるという。ギンリョウソウの群落の下から人の死体が発見されるという、昔テレビで見たミステリードラマを思い出した。生育要件の「生物の死体」とは、多くは植物の炭化物のことなのだろうが、山林に埋められた殺人事件の犠牲者の死骸の上から生え出すギンリョウソウは、死体を食らう草としておどろおどろしいシーンを見事に演出していたのが忘れられない。
 存分に奇妙な植物を堪能し立ち上がる。妻の姿はとっくに無い。子供も近くにいる気配すらない。随分長くこの怪奇な植物に夢中になってしまったようだ。 突然、「ガサッ、ガサッ」と林の上手から物音が響き、初老の男が林の急な斜面を滑り落ちるように降りてきた。汗だくの首に掛けた薄汚れたタオルと土色の上着。脂ぎった男の顔に、眼鏡がギラッと光った。ギンリョウソウの群落がスコップで掘り返され、半ば腐乱した頭蓋骨が土塊にまみれ転がり出る。あの恐怖のシーンが蘇る。
 「参拝の終わったおじさんが、帰りを急いでショートカットして降りて来たんだ」と納得しながら、山頂にいるはずの妻と子を必死に追って山道を懸け上がった。
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