Nature Photograph & Essay  里山自然探訪 2005年09月11日号
                                             撮影:兵庫県神戸市/2005年09月08日
立ちつくす神/案山子

  稲が結実し、田んぼに様々なスタイルの案山子(かかし)が立てられる。黄金色にざわめく稲穂の海原。夕陽を背にした案山子が、ただ黙然と立ちつくす。その古びた麦わら帽子の上を、無数の赤とんぼが銀色に羽を輝かせて飛び交う。一昔、何処でも見られた初秋の田園風景が懐かしい。 
 戦後の高度経済成長はあらゆる分野で効率化を追い求めた。農業もまたそうであった。牛が悠長に田を起こし、早乙女が田植え歌を歌いながら農作業する情緒溢れる光景も、その波に何時しかかき消されてしまった。鳥獣の害を防ぐ効果の有るか無しかの案山子も、気がつけば田にその姿はなかった。
 しかし、有機農業の振興が叫ばれ始めた頃からか、次第に案山子の姿が戻って来た。総合学習で、農村の古い習慣を学ぶ教材となったのも幸いだったかもしれない。何とか案山子は消え失せてしまわずにすんだのだ。そればかりか、以前にはなかった様々な形態と工夫を凝らしたスタイルで、豊穣を見守っている。
 そんな現代の案山子達のスナップを並べてみよう。改めて眺めてみると、本当に様々な案山子があることに驚く。随分と大まかだが、案山子の分類を楽しんでみた。
 「案山子」とは、鳥・獣害対策の目的で田や畑などに設置する人形などの仕掛けの総称で、基本は「脅し」にある。これをベースにすると、以下の5型に大別されそうだ。

1.嗅覚(匂い)型:人の髪の毛、魚の頭、獣肉などを焼き焦がした串を地に立  てたり、肉食獣の屎尿などを撒いてイノシシなどの獣害を防ぐもの。この「嗅  がし」が「かがし」、「かかし」の語源とも言われ、本来の案山子の形であっ   たとする考えもある。 
2.視覚型:人の存在(気配)を知らせる人形タイプは最もスタンダードな案山   子。見せしめに死んだカラスや鳥の模型を吊すもの、鳥の恐れる蛇や目玉  模様、猛禽の模型などで威嚇するもの。
3.光反射型:光を反射するテープ、アルミ缶、CDなどで鳥などを驚かすもの。
4.動き型:風に揺れる「鳥脅し」の凧や、テープ、紐、ビニールなど棚引く動き  で鳥獣を驚かすもの。
5.音響(鹿威し)型:鳴子、添水(そうず)などの古くから使かわれてきた「鹿お  どし」に代表される、強打音や爆音で威嚇して鳥獣を追い払う装置で、現在  はプロパンガスを爆発させるものがある。案山子は「鹿驚」とも表記され、添  水は日本庭園の装飾としても設置されている。

 本当に様々なスタイルの案山子達。でも、我々になじみ深いのは、竹などで十字に組んだ骨組みに、浴衣を着せ唐傘を被せた「へのへのもへじ」の人形タイプで、最も案山子らしい案山子なのだが、都市部に近い水田ほど、キラキラ光るテープやCDなど、効果のみを求める即物的なタイプばかりが目立つように思う。古典的なスタイルの案山子は、古い里山の雰囲気を残す地方の片隅に、少しばかり残っているように思う。
 案山子を、「占め」を連想させるソメ(シメ)と呼ぶ地方もあるように、農村の民間習俗と深く関わっていた。案山子を田から引き上げて庭に立て、神として祀られる「案山子揚げ(案山子引き、ソメの年取り)」の行事は、案山子の神が天に上がり、山の神になる日とされている。案山子は田の神の依代(山の神の権現)であり、霊を祓う神として信仰され、無能物の代名詞の「案山子のような人」などでは毛頭無かったのだ。
 都市化する村々では、悪い霊がもたらすという鳥獣害を祓う村の守り神だった案山子のことなどすっかり忘れてしまった。ただ突っ立っているだけで、鳥も獣も追い払おうともしない見かけ倒しの無用物にしてしまった。方形に整然と整地され、大きなトラクターやコンバインがうねりを上げる大規模水田。大量の化学肥料や農薬が投入され、稲作期以外はカラカラの砂漠と化す農地。歩く力はないけれど、天下のことを全て熟知する知恵者の久延毘古(くえびこ)がその田の中にずーと立ち、一日中世の中を見み続けていたことなど知る由もない。「山田のそほど」という古事記の、その神のことなどもう誰も知らない。 
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