Nature Photograph & Essay  里山自然探訪 2005年11月26日号
臭くて旨い話し/スッポンダケ

  まだ寒さに慣れない肌には、浅い冬の空気さえ冷たく感じる。
でも、薄陽の当たる畦の一角を通れば、ここにはまだ柔らか
な温もりが漂い、晩秋の気配を十分に引きずっている。その日
溜まりでは、赤錆色を帯びたナツアカネが地面で両翅を広げ、
翅先の掠れたコバネイナゴが足音に驚いて飛び跳ね、カサコ
ソと音を立てて枯れ草に紛れる。
 ササや雑草が刈り払われた林縁の小径に出る。リンドウなど
の残り花を探して歩いていると、アベマキの根本に生えている
数本のスッポンダケを見つけた。先日も他所でこのキノコを見
つけたから、今が秋の最盛期なのだろうか。
 そばに近づいて驚いた。亀の頭のような傘にキマダラツバメ
エダシャクが止まっている。まるで、花の蜜を吸うチョウのよう
だ。ストローの先を忙しく移動させて餌を探っている。目と鼻の
先で人が覗いていても、お構いなしに無心で吸い続けている。
このキノコの汁は、この蛾には可成りのご馳走のようだが、そ
れは傘頭部の編目状をした部分に秘密がある。暗緑色のこの
組織はグレバと呼ばれ、胞子の詰まった粘液の基本体で、花
の葯に相応するところ。ハエやアブなどの昆虫を引き寄せ、虫
体に粘液を付着させて胞子を伝播させるのである。
 スッポンダケと言えば、「じゃがいもの腐ったような」とか、「新
しい人糞のような」などと形容されるほどに、その悪臭で名高い。
ドイツとチェコの国境付近でのもの騒ぎなキノコの逸話がある。
地元住民から悪臭がすると通報を受けたトイツの警察は、捜査
員5人と警察犬を出動させ死体の捜査を行った。この大捜索の
結果に探し当てたのは、腐乱死体などではなく、全長20センチ
の大物のスッポンダケだったという。それほどまでに臭いの強
烈なキノコなのである。異様なものには必ず分けがある。そう、
この臭いこそが悪食の虫たちを誘い出し、胞子を拡散してもら
うこのキノコの繁栄には欠かせぬ仕掛けなのでである。
 
ところで、蛾の成虫の一般的な餌は花蜜、熟した果物の汁、
樹液、アブラムシの甘露などで、チョウと同様に甘いものが好
みのようだ。希には自分の尿や、動物の血液などを吸うという
蛾もあるらしいが、腐敗物臭のするグレバに引かれる蛾はきっ
と変わり者に違いない。しかも、本来夜行性だろうに、昼間に吸
汁するなんてさらに驚きだ。
 虫のことばかりを悪食や変わり者呼ばわりしてはいけない。地面から首を擡げるまるでスッポンのような奇妙なキノコを、人様だって高級食材として珍重しているのだから。蛇の卵のような幼菌は半分に割り、グレバになるべき少し臭い心部を捨ててんぷらにし、成菌はグレバを水洗いし炒め物にしたり、天日で乾燥してスープにしたりと、手間を掛け美味を堪能しているのだ。悪食ぶりは、ハエや蛾以上であるとしても、それ以下でははないだろう。
 学名はPhallus impudicusで、想像猛々しい御仁は直ぐに「ぐふぅ、あれか。」とお解りになるであろうから、これ以上の解説は皆様の探求にお任せしておく。閑散としたサイトとはいえ、純真な子女も覗かれるであろうから、あまり高貴でない話題が頻出しそうなこのキノコの話はここいらで止めにした方が懸命のようだ。
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