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2002年9月

性モザイクのツバメシジミ何十年も昆虫を追いかけ続けて初めての出来事に遭遇した。チョウの雌雄モザイクに出会ったのである。被写体を探しながらいつものフィールドを歩き始めてすぐ、草間をチラチラと飛ぶツバメシジミが目に止まる。「あれ、黒っぽいまだら・・・、あっ!性モザイクだ!!」。あちこち飛び移ってなかなか止まってくれないチョウを獣のように追いかける。ようやくヨモギの枝先に止まった。シャッターを半押しして、羽を広げる瞬間を興奮しながら待つ。「お、今だ」。何と神経質な個体だろう。ワンショットのシャッター音に驚いて何処かに飛び去ってしまった。あたりを探すがどこにも姿はない。高ぶる手でデジカメを抱えてモニターで確認。何とか写し止めたようで安心する(だが、カメラのモニターで安心するのはまだ早いのだ。)。帰宅後、取るものも取り敢えず、PCのモニターでチェックする。何度も肩すかしを経験しているから、画像を開くまで不安である。画面一杯に拡大された画像を見る。ピントが後ろに来ている。あ〜、ぬか喜びだ。翌日、再び同じ場所に探しに行った。皮肉にも風の強い日で、チョウの姿はほとんど無い。見つかる蝶はヤマトシジミばかりで、本命は陰すらない。あの時、採集ネットを持っていたらと後悔する。カメラがネット代わりになって久しいと述懐しながら、落胆して来た道を引き返した(神戸市西区/9月26記)。
性モザイクについて: チョウに限らず昆虫類には性的異常型が稀に見つかる。間性、雌雄型(半身モザイク)、雌雄モザイクがそれである。このうち、雌雄型は半身づつ雄と雌に分かれるタイプ、雌雄モザイクは雌雄の形質がモザイク状に散らばって発現するタイプである。特にチョウ類は、雌雄で羽の色や形が異なるものが多いから、他の動物に比べれば性モザイクが確認しやすい分けである。とはいえ、極めて稀に起こる染色体の異常によって発現するものだから、野外で出会うチャンスはさらに少ないのだ。珍種のチョウでこのような異常型が見つかれば、コレクターの間で高値で取引されることになる。だから、虫屋さんには、異常型を異常に好きな人もいるのである。

ツバメシジミの雌雄モザイク型

トガリアメンボ昨年の8月末、知り合いから淡路島で「見なれない小さなアメンボ」を採集したので見てくれないかと連絡があった。その標本は5oにも満たない本当に小さなアメンボだった。腹部の先端が円錐状に突出していて、一見して既知の邦産のアメンボとは異なるものだった。氏に、おそらく日本には分布しない種と思われるので、専門家に同定を依頼したほうがよい旨を伝えた。今年5月、このアメンボは林さんと宮本さんという研究者によって、ニューギニアから台湾に広く分布するRhagadotarsus kraepelini BREDDIN(トガリアメンボ)という日本(旧日本領の台湾を含まない現日本領では )未記録のアメンボであることが報告された。昨年の調査では、淡路島、安富町、三木市、神戸市など、播磨地方を中心に生息することが分かった。今年、大阪市立自然史博物館を中心とした調査グループによって、大阪市、尼崎市、西宮市でも確認され、北西に生息地が拡がっていることが確認されている。近年の温暖化で、本来温暖な南方に生息していた昆虫類が、次第に北の地域まで生息するなったという話題を耳にする。ナガサキアゲハ、イシガケチョウ、タイワンウチワヤンマなどがそうである。このアメンボも、こうした昆虫類と同様に次第に北に分布を拡大しているのだろうか。新たに移入した昆虫類が分布域を広げて行く過程を、移入当初から調査した事例はほとんど無いだろう。トガリアメンボが現在どこに分布しているかを記録しておくことは、この意味で貴重であることは確かだ。皆さんの近くの池にこのアメンボはいませんか?もしトガリアメンボを発見されましたら、昆虫情報処理研究会のBBSか、このサイトにご一報ください(神戸市西区/9月24日記)。
トガリアメンボについて:体長4o程度と小型で、有翅型と無翅型がある。腹部末端部が円錐状に突出し、中脚が長い。無翅型は胸部が白っぽいので、他種の幼虫と区別できる。ため池などの人工的な池でも発生するが、岸に(特に南側の)水面に木漏れ日が差すような広葉樹の林があり、産卵するための小さな木の枝や木片が浮いている池での確認例が多い。波動の少ない集水口の凹部や水生植物の付近で見られることが多い。生息環境として、池の大小、池内の植生の多少、水質の程度などは大きく影響しないと考えられる。

トガリアメンボの有翅型の雄     トガリアメンボの無翅型の雌
トガリアメンボの群は胸部の白っぽい個体が混ざるので他の種と区別しやすい
トガリアメンボの有翅型(雄:右、雌:左) トガリアメンボの無翅型(雄:右、雌:左)

2002年8月

・まだまだ猛暑が続いていて、秋は遠い先のことのように思っていたら、キツネノマゴの花がため池の淵に咲き出した。カマキリも翅芽をつけた幼虫も羽化の季節なのだろう。乳白色のカマキリの脱皮殻が草むらの葉先であちこち目につくようになった。社の林でカクレミノの花を見つけた。周りの枝葉に紛れそうな淡黄緑色の何とも地味な花だが、他にこれといった吸蜜源がないためか、ハナムグリ類、ハチ、ハエなどが無数に集まっていて、木全体が虫達の羽音で沸き返っている。花に集まる虫達を狙って、羽根がやっと生えそろったオオカマキリも葉陰に潜んでいる。花序のそばで、ハチとおぼしき昆虫を貪る1頭が目に入る。よく見れば、顔の周に小さな黒い蝿が何匹も集っている。まるでライオンの獲物を奪おうとするブチハイエナの群れか、猛禽類の獲物を失敬しようとするカラスの集団を彷彿とさせるシーンである。オオカマキリの複眼とさほどちがわない2〜3o程の小さなハエなので同定に不安はあるが、おそらくハヤトビバエの一種のようだ。腐ったキノコや海藻、動物の死体など腐敗した有機物を餌にする昆虫で、small dung fliesと呼ばれるように獣糞に来る種も多く、フンコロガシの作る糞塊に産卵する種もある小さなハエの仲間だ。ライオンも猛禽類も食物連鎖の上位種。オオカマキリも昆虫界の猛獣である。彼らの得物を横取りするブチハイエナもカラスもハヤトビバエも自然界の掃除人「スカベンジャー」。小さな虫の生態系も、巨大な獣たちの食をめぐる図式と相似しているのは不思議である(神戸市西区/8月14日記)。

オオカマキリの得物に集るハヤトビバエの一種の群    

・神社の林を歩くと、そこら中ニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシの声でわき返っていて、暑さにさらに油を注ぐような感じである。夏休みの経過と共に鳴くセミの種類も少しずつ変化して行き、ツクツクボウシの声を聞けば何とも憂鬱な気分になるものであったが、最近は8月になれば直ぐに「ツクツクホーシ、ツクツクホーシ」と聞こえるから、セミで季節を知るのは難しくなった。セミの声で思い出すのは、芭蕉が元禄2年7月13日に山形の立石寺で作句したという「閑さや岩にしみ入る蝉の声」である。学者は詮索好きである、いや、それが仕事である。昭和の初期、夏目漱石の門下生の小宮豊隆は、そのセミの声の主はニイニイゼミであると論じた。虫好きの文学者北杜夫の父斉藤茂吉は、それはアブラゼミだと反論し、二年越しの激しい論争が展開されたという。茂吉はこれに決着をつけようと実地検証に赴いたが、そこで聞いたのはニイニイゼミの声。これで論争は解決したという。温暖化で様々なセミが一緒くたになって鳴きじゃくる現在、このような論争が起これば、この林のセミ以上に凄まじい鳴き合いになること必至。今と比べれば、茂吉の時代は化石燃料の利用も少なく、温暖化効果ガスの蓄積もあまり無いから、芭蕉の頃の気象とさほど変わりは無かったのだろう。今よりはるかに過ごしやすい夏だったに違いないと、歩く度に目尻に入り込む汗を拭きながら、ちょっと彼らが羨ましい気がしてくる(神戸市西区/8月5日記)。

クマゼミ

2002年7月

・奥ゆかしく繊細な江戸小紋風から奇抜なポップアート調まで揃えた色彩、想像をはるかに超える奇抜な形。こんな色彩と形態の妙が昆虫の魅力の一つである。梅雨の野や山は、昆虫という小さな芸術に満ちあふれていて、草木の花、葉の表や裏、蔓の重なり、朽ち木の樹皮の下、コケの中、土手の土塊等々の前に立ち止まってしばらく目を凝らせば、不思議な作品世界に釘付けされてしまう。クズの蔓に、白い塊が幾つかついている。遠目には綿くずか、冬虫夏草のカイガラムシタケのようで、もう少し近づくとタンポポの綿毛にも見える。さらにぐっと目を虫に寄せてみる。尻に痛そうな棘のあるベッコウハゴロモの幼虫だ。指を近づけると棘を立てて、エリマキトカゲのように威嚇するしぐさをする。でも、この棘は触っても大丈夫。ロウ物質でできた偽物の棘なのだ。ハゴロモの仲間の幼虫は、このような尾端に尾羽状の蝋物質を附着したものが多い。枝などに静止しているときは、これをクジャクのように拡げて自分の体を覆い隠し、遠目には茎に張り付いた白いカビに見せる隠蔽である。隠蔽も擬態の一つで、体の色や形を環境にとけ込ませるタイプである。このハゴロモの幼虫、静止しているときは棘の間に小さな棘がもっとたくさん付いていて、もやもやとしたカビにそっくりの「隠蔽」で、棘を立てて威嚇するときは、痛みのある棘をもつガの幼虫などに似せる「虎の威を借る」タイプの擬態(ベーツの擬態)を使い分けているのだろうか。そうであれば、なかなかのくせ者だ(神戸市西区/7月16日記)。

ベッコウハゴロモの幼虫

・「チョウとガはどこで区別するんですか?」。虫の質問のナンバーワンかもしれない。「チョウは昼に飛ぶが、ガは夜に活動する」、「チョウは背中側に羽を立てて止まるが、ガは山型である。」、「ガは繭を作るがチョウは作らない」、「チョウの胴は細いが、ガは太い」と答えたら、それは誤りである。さらに、「ガの鱗粉は落ちやすい」、「ガの羽は地味で汚い」等々。残念ながら、すべてに例外があって、チョウとガを区別するのは容易でない。さあ、下の写真をご覧下さい。ジャコウアゲハにそっくりのアゲハチョウのなかま?。実は、アゲハモドキというアゲハモドキ科のガの一種なのだ。止まる姿、胴、翅脈の色合い、朱色の斑紋と尾状の後翅、どれをとってもジャコウアゲハそのものだ。ジャコウアゲハの食草はウマノスズクサで、アリストロキア酸という毒性のある成分を含む植物なのだ。卵、幼虫、蛹、成虫のいづれも食草由来のこの毒物を持っていて、鳥などによる捕食を逃れている。一方、アゲハモドキはミズキやヤマボウシなど無毒のミズキ科の葉を幼虫が食べるから、毒で我が身を守ることはできない。そこで、毒蝶の偽物になったというわけ。毒針を持つハチに似せるトラカミキリやスカシバ、毒蝶のマダラチョウの模様をまねるヒョウモンチョウなど、「虎の威を借る」タイプの擬態は「ベーツの擬態(ベーツは研究者の名)」と呼ばれ、自然界はこうしたまがい物にあふれている。ただでさえ、チョウとガの区別が困難なのに、チョウに似せるガまでいるから、混乱に拍車がかるのももっともだ(神戸市西区/7月3日記)。

アゲハモドキ

2002年6月

・最近、公園や水田の畦でムクドリの小さな群れに出会う機会が多いように思う。たいがい、巣立ってあまり日の経っていない幼鳥のようで、色も淡く、体も一回り小さく見える。何よりもしぐさが幼い。でも、芝生の上などを横一列に並んで、逃げ出す昆虫をついばむ姿も、「ジャー」という警戒音を聞けば直ぐに飛び散る姿も、日毎に成鳥と紛う程になって行くようだ。この鳥は、カッコウで馴染みの托卵の習性があるのだそうだ。でもこちらは、ほかの種の巣に卵を産みつけるのではなく、仲間の巣に卵を預ける「種内托卵」である。ムクドリの顔の白色部が一羽ずつ異なるように、卵も親によって色が微妙に異なるから、一つの巣に何羽の親が托卵したか判るのである。ムクドリは、都心で騒音害を引き起こす程の大きな群れを作る鳥で、「群来鳥」が語源という説もうなずけるものがある。地上に舞い降りて、隊列を組みながら餌を探すチームワークや、都市公園の街路樹に大集団で塒を作る行動。この鳥と深く関わる「群れ」というキーワードには、異母兄弟として育てられることの不思議が見え隠れするのである(神戸市西区/6月23日記)。

ムクドリ(幼鳥)