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2002年12月

ノジギクの墓ノジギク(セトノジギク)は兵庫県の花である。他所から移り住んだ身として、西播磨の海岸地帯に自生するという野生のその姿を自分の足で探し出さないうちは、どうも本当に県民になたった気がしない。7年目となるこの晩秋、ようやくその願いが叶った。海岸を間近に見る古い小さな神社の石垣。初々しい白い舌状花を秋の斜光線に目映く輝かせている1輪を見つけた。その株は小さな城壁のような石組みの隙間から茎を伸ばし、枝先の頭花を力強く陽に向けている。亀の甲羅のような石と石の隙間のあちこちに、淡緑色の小さな蕾をつけた株が、「海岸近くの崖などに群生する」という植物図鑑の解説そのものの光景でしっかりと張り付いている。のど元に刺さった魚の骨がやっと抜けそうと思った時、隣の人家で今を盛りに咲くイエギクが目を射った。「そうか、ノジギクはイエギクとの交雑が進んでいるんだ・・・」という疑念が過ぎる。不安と期待半ばで、精査のために蕾のついた1枝を持ちける帰ることにした。
 それから一月半後の今日、満開を期待して3度目の観察にやって来た。時期を逸したようだ。花はすでに盛りを過ぎていて、舌状花も淡い紅紫に変わっている株が多い。先に、持ち帰って顕微鏡で検鏡した葉や花の形態は、「葉が広卵形で5中裂(ときに3中裂)、基部は心型(ときに切裂)、裏面に丁字状毛が密生して灰白色で、総ほう片は3列に並び、外辺は内片より短い」とされるノジギクに合致していた。「舌状花は白色で、後に淡紅色を帯びてくる」という特徴も、今日ここで確認できた分けである。これですっきりと「野生のノジギクを見ることができた」と安堵したいところだが、じわじわと忍び寄る園芸種による野生ギクの遺伝子汚染がどうしても気になって仕方がない。
 膨大な品種をもつキクの園芸種の染色体数は、四倍体から八倍体レベルまでの幅広い変異がある。二倍体から十倍体の染色体の野生ギクは、これらのほとんどと交雑する可能性があるという。遺伝子汚染の現場、その一つは墓場である。お供えの花に集まった昆虫たちが野生種との交雑を進め、ノジギクをはじめとする野生ギクの純血は、危機に陥っているのだそうだ。伊藤左千夫の小説「野菊の墓」のヒロイン民子は流産で世を去る。『可憐で優しくてそうして品格もあった。厭味とか憎気とかいう所は爪の垢ほどもなかった。どう見ても野菊の風だった。』という薄幸の民子と、開発の手を免れた小さな社で、ようやっと生きながらえるノジギクの行く末とが、どうしても重なって見えてしまうのだった(明石市/12月20日記)。
付記 :ノジギクは牧野富太郎が1884年に、現在の高知県吾川郡吾川村で発見した。兵庫、広島、山口、愛媛、大分各県の瀬戸内海沿岸、高知、宮崎、鹿児島各県の太平洋沿岸と種子島に分布する。瀬戸内海沿岸、愛媛県には、変種セトノジギクが分布し、ノジギクより葉が薄く、花の数が少ない。変種アシズリノジギクは高知県、愛媛県に分布し、葉が3中裂し、厚く、毛が多い。牧野はノジギクを栽培菊の原種と考えたが、北村四郎は中国に自生するチョウセンノギクとハイシマカンギクとの自然雑種としており、後者が有力な見解となっている。また、ノジギクは栽培菊が野生化したという説もある。蛇足だが、「野菊の墓」の野菊は、小説の文脈や舞台となった江戸川の「矢切の渡し」付近の植生から、カントウヨメナであろうとする意見が多い。

咲き終わりのセトノジギク


冬の貴婦人、タゲリ仲冬の田圃は、だんだんと茶褐色から灰褐色に変わって、まもなく極寒の季節を迎えようとしている。深閑とした空気の漂う凛とした世界に浸っていると、突然の「ミュー」という鳴き声で我に返る。声の方に目をやると、白と黒の模様が宙に舞い、すぐに地上に降り立った。否応なく目立つ頭の上の黒く長い冠羽が、少し北風になびく。今年もタゲリの群がやって来たのだ。「冬の貴婦人」と呼ばれるにふさわしく、玉虫色に輝く羽色、細い足に気取った面立。このおしゃれなレディをしばらく観察してみよう。チョコチョコと数歩急ぎ足で歩いては立ち止まり、クックッと左右に首を振り、嘴で地面を突き刺す。フェイントをかけるように、急に向きを変え地面を急襲する。時には片足で地面を叩く。起耕されて間もない冬田で、ミミズや昆虫を盛んに探し続ける様々な仕草を見ていると、夜会服の帽子の飾りのようにおしゃれと思った冠羽も、剣と盾を持った勇ましい中世の騎士の兜飾りに見えてくるから面白い。とにかく、殺風景な冬田に色を添えくれる鳥には変わりない。鳴き声から「ネコドリ」と呼ばれたり、その色や姿から「ナベケリ」、「シマケリ」、「クロケリ」、「ケツグロ」、「アミガサカブリ」、「クジャクケリ」とも呼ばれ、民話にも登場する親しみのある冬鳥である。しばらく観察していると、少しずつこちらに向かってやってくる。立ち止まる度に、こちらを黒く大きな目で凝視する。あまりに魅惑的な瞳に吸い込まれそうになった時、『イギリスでは色々な意味で最も親しまれているチドリの1種で、ごく最近までその卵は食卓に載せられていた。』という文献の一行が突然浮かび、首尾良く貴婦人の誘惑から逃れることが出来たのだった(神戸市西区/12月16日記)。

タゲリ

2002年11月

ホモセクシャルなヒメアカタテハ墓場という日常的な空間と隔絶された場所は、異様な事が起こる場所でもあるらしい。そこで、ホモセクシャルなチョウを見てしまったのである。若葉のころゼフィルスが舞ったり、夏の盛りにはアベマキの樹液にカブトムシやクワガタムシが集まり、キツネの巣穴まであるその墓場での出来事である。夕暮れにはまだ余裕のある、久しぶりに寒気の緩んだ日。墓地を囲むマダケの林が風に揺れた。その時、ササの中からオレンジの蝶が飛び出した。すぐに、これを追うように少し赤っぽい蝶がササの葉影から舞い上がった。そこから5m程離れた竹に、先に飛び出した方が止まると、すぐさまもう一方がに飛び込むようにその横に止まった。ヒメアカタテハがツマグロヒョウモンを追飛しているのだ。もうすこし近づいて見る。ヒメアカタテハが興奮したように羽をふるわせながら、触角と足でツマグロヒョウモンを触っている。何と異種間の配偶行動ではないか。「え、 待てよ! ツマグロヒョウモンの方は雄だ!」 いやはや驚いた。ホモセクシャルのヒメアカタテハである。カメラを構えてレンズ越しに観察を続けた。ヒメアカタテハは相手の横に寄り添うと、腹部をL字に曲げて交尾を迫る。相手は腹部を上に上げて拒否し続ける。しつこいアタックにツマグロヒョウモンは飛び逃げる。またそこに、ヒメアカタテハが迫ってゆく。こんな事を3回ほど繰り返していたが、とうとう林の向こうに飛んでしまって観察終了である。蝶の一般的な配偶行動は、視覚で相手を認識して、触角などで体を触れることで匂いフェロモン(嗅覚刺激)や接触化学フェロモン(接触化学刺激)などの情報によって、雄は同種の雌であることを認識し、性的興奮が高まるという手順で、ついに交尾に至ると考えられている。前段階の視覚(視覚刺激)での出会いでは、黒とか白黒のまだらとか、随分漠然とした識別だから、ある蝶が別の種類の蝶に近づく様子など、百花繚乱の春の花壇にしばらく座っていれば、あまり苦労もなく見ることが出来るだろう。でも、このアカタテハの雄の場合のような、十分に体に接触してから、しかも別種の雄に向けられた積極的な交尾行動はかなり奇異な出来事に違いない。本能という精緻な回路が、何らかの弾みで狂ってしまったのだろか。もう二度と見ることもなさそうな、初冬の珍事との遭遇であった(神戸市西区/11月23日記)。

触角と足でツマグロヒョウモン(♂)を触るヒメアカタテハ(♂) ツマグロヒョウモン(♂)に交尾しようとするヒメアカタテハ(♂)

イチョウウキゴケ立冬からもう随分と日を重ね、ため池の湖面もカモの数がグッと増えたように思う。めっきり少なくなった野の花や虫に代わって、自然散策も自ずと水辺の鳥に目が向くようになってくる。そのため池、例年と少し様子が違うのである。春以降の厳しい渇水の所為か、水かさの随分と少ない池が目に付く。大きな池は、岸から随分と離れた中心部だけに水が溜まっていて、スコープ無しには水鳥の観察もちょっとやりにくい有様だ。だが、今まで岸際までたっぷりと水があって、水際を歩くことが出来なかった池も、水がすっかり引いたお陰で苦もなく歩き回れるようになったのだ。早速池に降りてみる。少し湿った窪地には、フタバムグラやチョウジタデなどの湿地を好む植物が繁茂している。灰褐色の湖底がむき出しになった辺りを覗いてみる。土塊はすっかり乾ききり、表土はひび割れ、ドブガイやアメリカザリガニの干からびた死骸が辺りに散らばっている。何だか怪しい気配が漂よう。このいつもと違う風景を見ていると、とんでもなく不思議なものにでも出会いそうな予感がしてくる。同じように水量の減った隣の池も歩いてみることにしよう。「おっ、これは!」 湖岸に降り立つやいなや、岸辺に浮かぶ無数の小さな扇のようなものが目に飛び込んできた。岸際の水面を、半ば覆い尽くすように浮くイチョウウキゴケの群落である。水際から1m程の幅で帯状に池の周りに拡がって、ちょうど傾きかけた陽を反射し、あちこちで銀色の光を放っている。このコケは水田や湿地に生育するけれども、今までこの辺りで見た記憶はない。ちょっとした環境の変化を敏感にキャッチして、瞬く間にため池の住人になったというわけだ。生物の旺盛な繁殖力と力強い生命力。何度と無く見せつけられる自然の不思議である(神戸市西区/11月17日記)。付記 :イチョウウキゴケは日本全国および世界各地に生育しているウキゴケ科イチョウウキゴケ属のコケ植物(苔類)。水田、沼、池等の埋め立て、水質汚染、休耕田の増加、除草剤の利用等、農業形態の変化で近年減少し、レッドデータブックの絶滅危惧T類に選定されている。水田や浅い池などに見られるが、自然水路の澱みや山際の湿地などでも群落をつくる。胞子は葉状体の中に埋まったまま成熟し、春先の水ぬるむころ成長を開始し、1センチほどに広がると中央から2つに分裂する。これを繰り返しながら増えていく。通常は止水域の水面に浮遊して生育するが、水が無くなると地面に定着して地上型にもなれる。和名は二叉状に分枝する葉状体がイチョウの葉に似ることから。別名はイチョウモ、ムラサキイチョウゴケ、イチョウウキクサ。

イチョウウキゴケ

スミレの返り花寒さの厳しい晩秋である。例年より20日以上も早い降雪や氷結の話題が新聞やテレビを賑わせている。北に延びる谷津を歩く体にも、極寒を思わせる冷たい風が吹きつけてくる。さすがに野草の花も急激に少なくなって、リュウノウギクやヤマハッカが枯れ草の間に色を添えるくらいだ。時折雲間に顔を出す日差しの温もりにホッとしながら歩き続ける。その一瞬明るく陽を受けた枯れ野の一隅に、濃い紫の小さな花がぱっつと浮き上がった。スミレの返り花である。辺りを見渡すと花をつけた株がいくつか見つかった。このような季節はずれの開花を、帰り花、二度咲、忘れ花などという文学的な言い回しもあるけれども、一方では狂い咲き、狂い花といった無粋な表現もあるのだ。いずれにせよ、このような自然の移ろいに逆行するする現象がどうして起こるのだろうか。秘密は「成長抑制ホルモン」と「時ならぬ暖かさ」にあるようだ。普通であれば、花芽が形成されると、それぞれの葉に成長抑制ホルモンが作られ、続いてこれが花芽に移動する。すると、葉は落葉し、花芽は成長すること無く春を迎える。この成長抑制ホルモンは冬の寒さによって壊され、春の深まりとともに花芽は成長し、首尾良く開花するという仕組みだ。ところが、晩秋に時ならぬ寒波が来て、その後暖かな日が続けば、季節はずれの開花が起こるのだ。成長抑制ホルモンが花芽に届く前に、台風などによって葉が引きちぎられ、その後に異常な暖かさが来た時も同様な現象が起こる。今、目の前に咲いているスミレもそうなのだろうか。実は、スミレ類は冬を除いて一年中花を持っているのである。「えー。うそ。」と言いたくなるが、蕾のまま花弁を持たず自家受精して実をつけてしまう「閉鎖花」が人知れず咲いているのである。本来、スミレは桜吹雪のころ花弁のある花を咲かせるが、閉鎖花になるはずの蕾が、秋を春と錯覚して開花するのが返り咲きのスミレである。ところで、閉鎖花は開放花に比べ著しく結実率が高く、秋に沢山の種子をばらまくという。一方、開放花は虫によって受粉し、他の個体群の遺伝子を取り込む。何と、量と質という二つの異なる繁殖戦略を持っているのである。最近の暖冬化傾向は、スミレ類の返り花を咲かせる頻度も高いだろう。この花にとって、暖冬化は子孫の繁栄に好都合なのだろうか。「謙譲」というしとやかな花言の陰に、なかなかしぶとい生きる仕組みをもつスミレ達の今後が気になってきた(神戸市西区/11月5記)。

スミレ

2002年10月

セイヨウタンポポの戦略タンポポは春の花のイメージがあるけれども、秋でも冬でもチラホラとその姿を見ることが出来る。この季節はずれのタンポポは帰化植物のセイヨウタンポポで、総苞片が外側に反り返っていることで在来種と区別できる。いずれも黄色い花をつける在来種は、関西ではカンサイタンポポ、千葉県から和歌山県の太平洋岸ではヒロハタンポポ(トウカイタンポポ)、関東地方、山梨・静岡県ではカントウタンポポ、中部や関東北部より北の地方でエゾタンポポがそれぞれ見られる。一昔前であれば分布地や外部の形態などから旨く同定できたのであるが、植物界もずいぶん複雑な時代になっているようだ。新潟大学の森田竜義さんの研究によれば、外見上外来種と思われる231株のDNAの遺伝子分析を行ったところ80%が在来種との雑種で、平塚市産のものでは実に98%であったという。外見からは気づかないけれど、広範な雑種化が遺伝子レベルで進んでいるのだ。帰化種は単為生殖でも増え、小花の数が多く痩果が軽く遠くまで種が飛び、休眠をせずに発芽するなど繁殖力が旺盛である。さらに、アルカリ化した土壌に強いことなどから、住宅地や工場などの都市化した環境にどんどん分布を広げている。でも、休眠せずにすぐに発芽する帰化在来種は、草丈の高い植物が生い茂るような日陰の下では、日の光を十分に浴びることが出来ないので枯れてしまう。それ故、休眠して周りの草が枯れる秋に発芽し、冬に葉広げて来るべき春に備える在来種は、河原や畑の土手、林の林床などの夏草の生い茂る(帰化種が生育できない)ような環境にやっと生育しているのだ。けれども帰化種は、不休眠性など、自然度の高い環境では不利となる性質を在来種との雑種化によって獲得し、在来種の生育地にも進出をもくろんでいるのである。未知の惑星からやって来た生物が、知らぬうちに人類に乗り移り、地球を征服してしまうまるでSFの世界のようなことが、魅惑的なレモンイエローの陰で着々と進行しているのである(神戸市西区/10月9記)。付記 :帰化種にはセイヨウタンポポの他にアカミタンポポがあって、外形はよくにているが、前者の痩果はミルクコーヒー色であるが、後者はレンガ色であることで区別できる。在来種は総苞片が外側に反り返らず、総苞片の先端にこぶ状の突起があるのも特徴である。白いタンポポのシロバナタンポポは、関東地方以西、四国、九州に分布する。

セイヨウタンポポ