<里山自然探訪>

ナナフシの七不思議                    前ページ トップ 後ページ
 つい最近まで、ナナフシの標準和名(最も一般的な和名)はナナフシモドキだった。しかし、最近はナナフシが標準和名となっているようだ。ナナフシモドキの和名が普通だった頃、「モドキ」だけがいて、ご本尊の「ナナフシ」がいないのか不思議だった。その訳を探ってみようと思いながら、ずっと放っていたのだが、この幼虫を見たのが引き金になって、やっと調べてみる気になった。

 まず、ナナフシ類の載っている図鑑や分類関係の本を書棚からいくつか引き出して並べた。下の@からFが参考に使った書籍だが、出版年の古い順に、それに記載されているナナフシに該当する種の和名と学名を書き並べてみた。ついでに、エダナナフシも同じ作業をしてみた。 その結論は以下のようである。
 
 @ではナナフシが和名だったが、素木は、記載した種に多くの疑問視される種があることで知られる昆虫学者だった。それが理由かは知らないが、Aの安松は、@のナナフシはPhraortesではないとみて、別亜科のBaculum irregulariter-dentatumであるとして、これにナナフシモドキの和名を付けた。これを同じ学閥のCの日浦などが踏襲したが、Bの野沢など@を使用する学者もいたようだ。こうして、A以降、二つの和名が併用されたが、日本産の昆虫類の目録のスタンダードとなるDの出版以降は、次第に「ナナフシ」が一般的な和名になって来たようだ。これにより、和名だけ見れば、@のナナフシで定着したことになるが、@の学名のPhraortes elongatesはFでBaculum elongatum とになり、ナナフシモドキと同属に変更されている。結局、安松がナナフシはPhraortes属ではなくBaculum属であるとしたのは正しかったが、種の確定で誤ったということになる。その結果、ナナフシモドキは日本にいないことになり、元々の和名を堂々と名乗れるようになったとみれば良いのだろう。やっとこれで、ナナフシの七不思議が解決したと思いたいのだが、エダナナフシにも不思議があるようだ。

 エダナナフシの方は、ナナフシに比べれば複雑な話ではない。和名は@でヒゲナガナナフシと呼ばれた以外はずっとエダナナフシが使われている。ただ、安松は九州産のものを、Phraortes illepiduとは別種とみたのか、クマモトナナフシ P. kumamototoensisという新種として記載している。だがこれは、P. illepiduの同物異名だったようで、安松がAに表したナナフシモドキもクマモトナナフシも今では消えてしまった。しかし、風評の悪かった素木のナナフシの和名とエダナナフシの学名は、未だに生き残っているのだから、やっぱりナナフシは七不思議な昆虫である。

参考文献:
@昆虫の分類(素木、1954)
ナナフシ Phraortes elongates は「最も普通の種類はナナフシで本邦南部に広く分布している」とある。
現在のエダナナフシはヒゲナガナナフシ Phraortes illepidus としている。
Phraortesはヒゲナガナナフシ亜科 Lonchodinae(Primomerinae)に含め、トガリナナフシ亜科 Clitumninae(Pachymorphinae) に Baculum irregulariter-dentatum が邦に産するとしている。
A原色昆虫大図鑑第V巻(安松、1964)
ナナフシモドキ Baculum irregulariter-dentatum は「本州・四国および九州に産し」とある。
エダナナフシはクマモトナナフシ Phraortes kumamototoensis とし、「九州で最も普通なナナフシである」としている。エダナナフシの記載は無い。
B学研中高生図鑑 昆虫V(野沢、1975)
ナナフシ Phraortes elongates の分布を「本州」としている。
エダナナフシ Phraortes illepidus の分布を「本州・九州・台湾」としている。
C原色日本昆虫図鑑(下)(日浦、1977)
ナナフシモドキ Baculum irregulariter-dentatum の分布を「本州(関東以南)・四国・九州」とし、「いわゆるナナフシPhraortes elongates は本種と同じものであろう」としている。
エダナナフシ Phraortes illepidus の分布を「本州・四国・九州」とし、「クマモトナナフシ Phraortes kumamototoensis はおそらく本種と同じである」としている。
D日本産昆虫総目録(多田内、校閲→山崎、1989)
ナナフシ Phraortes elongates の分布を「本州・九州」としている。
エダナナフシ Phraortes illepidus の分布を「本州・九州・台湾」とし、2種をヒゲナガナナフシ亜科Lonchodinae に含めている。
E日本動物大百科第8巻昆虫T(岡田、1996)
ナナフシモドキ Baculum irregulariterdentatum を「本州〜九州に分布」としている。
エダナナフシ Phraortes illepidus 本州〜九州に分布」としている。
F新訂原色昆虫大図鑑第V巻(山崎、2008)
ナナフシ Baculum elongatum の分布を「本州(・四国・九州」としている。
エダナナフシ Phraortes illepidus の分布を「本州近畿以西から九州にけて最も普通なナナフシである」としている。

*少ない文献により素人が書いたものですので、誤謬等がありましたらご指摘ください。
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