鶉に見えないミヤマウズラ                   前ページ トップ 後ページ
 
  私の良く歩く残存林で野生ランを見ることは稀だが、嬉しいことに開花中のミヤマウズラを見つけた。この辺りは土地開発がかなり進み、モザイク状に残っている丘陵地の林は乾燥化が随分進んでいて、帰化植物に占領され在来種の植物は減る一方だから、ミヤマウズラですら珍しい野生植物なのである。

  ミヤマウズラはシュスランと同じGoodyera属。シュスランの名は、艶やかな班模様のある織物の繻子に葉が似ることに因むが、この仲間は園芸の世界ではLudisia属、Anoectochlus属、Macodes属などとジュエルオーキッド(Jewel Orchids)と呼ばれ、主に観葉が目的のランである。
 
  ミヤマウズラの葉も当然美しい。名は、深山に生え(実際には低山に多いが)、葉が鶉の羽の模様をしたランのことで、葉の模様の異なる様々な品種があるという。江戸時代の後期には、「錦蘭」の名で葉に出る班の美しさや珍しさが競われ、『錦蘭品さだめ』など幾つかの紹介本が出版されるほどの栽培熱であったようだ。 
 
  私が見つけたミヤマウズラの葉にはほとんど班は無いからとても鶉の羽には見えない。この辺りに僅かに生えているシュンランの花色は大概冴えない緑色ばかり。人が入りやすい山の山野草は、綺麗なものからどんどん堀り採られ、値打ちのなさそうな株だけがやっと残っているのかもしれない。ミヤマウズラは昔から人気の山野草だから、郊外の林では綺麗に鶉班の出る株は望めないということだろう。
                                    〔撮影:2006年10月16日/兵庫県神戸市

アキノウナギツカミの鰻掴み                              トップ
  アキノウナギツカミ(アキノウナギヅル)が休耕田を覆い尽くすほどに生えていた。薄い赤紫の花穂の所々に小さな花がポツポツと咲いて、ハナアブやキチョウが集まっている。

 これと良く似たウナギツカミ(ウナギヅル)は春から初夏に花が咲く。茎に下向きの棘があるから、ヌルヌルするウナギでも捕まえられるというのが名の由来という。

 小さい頃川魚釣りが好きで、ウナギ釣りも良くやった。その獲物をさばくのにこのウナギツカミではなく、カボチャの葉を使った。 葉が広くて一面にザラザラした毛が生えているから、ウナギを掴むのに打って付けだった。何より、庭の菜園に植えてあるから重宝した。ウナギツカミの仲間は川岸に生えているから、昔の人はウナギを釣ったらこの草を一束持って帰ったのだろう。春にはウナギツカミを、秋にはアキノウナギツカミを使ったのだろうか。

 同属のママコノシリヌグイの棘は遥かに凄いから、ウナギツカミよりずっとウナギを掴むのに良さそうだが、それより人の手が痛いので実用向きではなさそうだ。ウナギツカミが目的にピッタリの棘だということだろう。
                                    〔撮影:2006年10月15日/兵庫県三木市
ツマグロオオヨコバイのおしっこの秘密                         トップ 
  ツマグロオオヨコバイは普通に出会う昆虫なのに、今まであまり写真に残していない種の一つである。葉っぱや枝に止まっているのを見つけレンズを向けた途端、直ぐさま横向きに移動して姿を隠してしまう。名前の通り横這いで逃げるのが上手いからなかなかカメラに収まってくれな。さぞかしこの昆虫を見つけた野鳥も、しめしめと嘴を伸ばす間もなく、予想外の動きで姿を眩まされ唖然とするに違いない。
 
 その体色は鮮やかな黄緑色。翅の後端が横帯状に青黒く、頭部に2個、胸部に4個の黒い大きなスポット、脚も黒く斑状と派手に着飾る。渋い色彩の断然多い日本の昆虫の中にあって、ツマグロオオヨコバイは随分と異端に見える。そう、南の島々にいる昆虫のイメージだ。ひょっとしてと、分布域を調べてみると、国内では本州から西表まで、さらに台湾、東南アジア、アフリカと遥か南に生息の中心をもつ種のようで、本州は生息の北限と見て良さそうだ。 

 日に日に秋の深まるこの頃、花や熟れた果実に集まり盛んに吸蜜や吸汁をしているのは成虫で冬を越す昆虫がほとんど。越冬に備え、栄養を補っているチョウやハチたちだ。ツマグロオオヨコバイも成虫で越冬する。春に交尾をし、産卵。成長した幼虫は8月に新成虫にとなる年一世代の昆虫である。一方、これより体長はずっと小さいが姿の良く似たツマグロヨコバイは、年に4世代以上をくり返す。ツマグロヨコバイと比べると、マグロオオヨコバイの寿命は長い。でも、セミ類の一世代はもっと長い。アブラゼミは7年で成虫になるし、アメリカには17年掛かりで成虫になるジュウシチネンゼミというセミまでいる。

 ヨコバイハ類はカメムシ、アブラムシ、セミと同じく長い針状の口吻を持つカメムシ目の昆虫だ。青虫や人を刺す一部のカメムシ類を除き、カメムシ目のほとんどは植物の組織に長い口吻を刺して吸汁する。ツマグロオオヨコバイもクワ、チャ、ブドウ、柑橘類などの汁を吸う。カメムシ目の昆虫が、植物にただ闇雲に針を刺して吸汁しているわけではない。植物組織の師管を選んで刺すもの、導管を選ぶもの、その両方を選択するものと、種によって刺す部位が違うのである。導管を流れるのは、根が吸収した無機窒素化合物とアミノ酸に変換されたほんの微量の物質。また、師管には光合成による生産物の糖類などの栄養価の高い物質を含む液が流れている。だから、昆虫が植物から得る栄養分は、植物組織のどこから吸汁しているかで異なるはずだ。

 師管から吸汁するカメムシ目の代表がアブラムシ類である。柔らかい葉や新芽に群となって取り付いている。ここは植物体がどんどん成長する部分だから、栄養たっぷりの光合成物質が流れて来る。単性生殖のアブラムシが生まれて10日で成虫になり、また直ぐに子供を産み始める秘密は、この高栄養物質を存分に吸汁してるからであろう。一方、土中でくらすセミの幼虫は、根の導管に口を刺している。植物が土から吸収したほとんど水に等しい導管液から、これに含まれる極微量のアミノ酸をせっせと濃縮して吸収しているから成長もゆっくりだ。

 ツマグロオオヨコバイは主に導管から吸汁するから、セミと同様にほとんど水に等しい液を吸っていることになる。ツマグロオオヨコバイは1日の活動時間の85%位を植物に止まって吸汁している。栄養分の少ない液で成長するためには、導管を流れる液を時間を掛けて大量に吸汁しなければならないのだ。皆さん、「水を撒いた覚えのない庭の植物がびっしょり濡れていた」という経験はないだろうか。その濡れた植物の上を見てみよう。ひょとしたらツマグロオオヨコバイの群がいるかも知れない。喰うために生きているのか、生きるために喰い続けているのか判らないほとに四六時中水分を摂っているのだから、おしっこも並大抵ではない。
 
 ツマグロオオヨコバイの幼虫は初夏から盛夏まで掛けてゆっくり成長し、夏が終わる頃羽化する。秋になっても成虫は繁殖せず、そのまま成虫で越冬し、翌春に交尾、産卵する。成虫期間がほぼ10ヶ月にも及ぶのは、導管を流れる栄養分の少ない液を吸汁しているから成虫の生殖細胞の発達が迅速に進まないからではないだろうか。そのため、秋と春の二つの季節を経てようやく一人前の大人になれるのだろう。一方、師管から高栄養の液を吸汁するアブラムシの未受精卵での発生(単性生殖)では、母親の胎内の子には、もう次の子の胚があり、驚くことにその次の世代の準備までされている。摂取する液の違いでこんなにも成長のスピードが違うものかと唖然となる。

 ツマグロオオヨコバイが何故わざわざ成長効率の悪い導管液からの摂取の道を選んだのだろうと思うけれど、それにはきっと理由があるはずだ。導管液を吸うセミのくらしを思い出してみよう。人がだれも萎えてしまう灼熱の季節に、うるさく鳴き騒ぐ驚くほど精力的なクマゼミの暮らしぶり。捕まえようとするとシャッとおしっこをまき散らしてさっさと飛び去ってしまう。暑さに負けぬその俊敏な行動は、おしっこによる冷却エンジンのたまものである。サクラやプラタナスなのど幹から盛んに汁を吸って次々に排泄することで体を冷却しているのだろう。クマゼミは南方起源の昆虫だから、導管から汁を吸い大量に水分を排泄するのは高温環境に適した餌の摂取方法に違いない。

 ここでやっと、南方由来のツマグロオオヨコバイのスローな生活ぶりと大量のおしっこの理由が見えてきたように思う。おしっこの話しだからと、ダラダラと垂れ流しのように書き連ねても仕方がないので、このお話はもうここで止めることにしよう。

                                    〔撮影:2006年10月15日/兵庫県三木市
                                 前ページ トップ 後ページ