ノビタキの保身術                         前ページ トップ 後ページ
  10日程前からノビタキの姿を目にするようになった。農園の近くにも小さな群が来ていて、畑仕事の行き帰りに見られるのはありがたい。

 ノビタキはスズメより更に一回り小さな鳥なのに、よく目立つ鳥だ。畦草の一番突き出た枝先やガードレールの上など、遠くからでも目に付く場所に止まっているからだ。しかも、忙しなく何かを探すように首をキョロキョロさせ、地上に飛び上がったかと思えば、今度は地面に飛び込み、また戻って来る。鳥を見つけるセンスに欠ける私でさえ、渡りの途中に田畑にちょこっと立ち寄ったこの小さな鳥を見逃すことはない。

 大方の鳥達は草藪や木の葉陰で天敵から身を隠すように暮らすのに、ノビタキは随分明け透けに行動しているのに驚くのだが、これは採餌のために見晴らしの良い場所に陣取っているのだから仕方がない。盛り土の頂や草の疎らな土手際は特にお気に入りの場所のようだ。ここなら頭上も眼下も良く見渡せる。餌の昆虫が飛んで来た瞬間を狙って、飛び上がったり飛び降りたりするのに都合の良い場所なのである。

 天敵の猛禽は怖く無いのだろうかと心配になるほど無防備に見えるノビタキ。でも、暫く観察している内に、ちゃんと身を守る術を知っていることが判った。同じ場所に長時間留まることなく、畦草の枝先、盛り土の頂、畑の作物の上と見張り場所をちょくちょく変えている。土手の端から飛び立ち再び戻って来る時でも、場所をずらし同じ場所には止まらない。天敵に狙いを定めにくくさせる工夫だろう。トビが上空を舞った時、ノビタキの群は皆畑の作物の中にちゃんと身を潜めていた。

 どうも、きな臭い時代に成って来たようだ。ノビタキが見せてくれるように、我が身を守る術は、さりげなく身に着けておくべきものなのかもしれない。

                                    〔撮影:2006年10月10日/兵庫県神戸市
小さくても目立つミズヒキの花                  
  我が家の庭を見て、「自然庭園ですね。」と評した人がいた。

  園芸種に混ざって、季節の折々に野草が花を咲かせる庭にしたいと思っているから、我が意を得たりと飛び上がりたいほど嬉しかったのだが、その人が言葉を重ねる内に、どうやら「雑草が勝手に茫々と蔓延った庭だ」と思ってのことだと判った。

 初夏には白いドクダミの花が、晩秋には黄色いツワブキの花が咲き乱れる庭だから、そう評されるのもご最もだ。「ナチュラル・ガーデン」と言えばトレンディでおしゃれな当世風の庭だが、これは○○チョウの食草だから、あれは○○カメムシが集まる草だからと、なかなか気軽に引き抜けないでいる内に雑草に埋め尽くされた庭。自然と言うより野放し状態なのだから、他人から見ればお世辞にも「季節の美しい野草が咲き誇った庭」には見えないのも当然だろう。

 こんな雑草園の中秋を彩っているのはミズヒキ。釣り竿の先のような細くて長い花序が幾本も並んで日陰を赤く染めている。少し撓んで30p以上にも伸びる花序に、6〜7o間隔に粟粒ほどの真っ赤な実が付いている。その所々に2o位の薄っすらと白味を帯びた花がひっそり咲いている。こんな存在感のない小さな花にちゃんと昆虫が集まるのだろうかと心配になる程頼りない花だ。だが、目を少し引いて群落全体を眺めるてみよう。濃い緑の葉群の上に林立する無数の花序の群は、辺りを真っ赤に染め尽くし否応なしに目を向けさせる。これを通りかかりの昆虫たちが見過ごすはずがない。ミズヒキの群落に昆虫は次ぐ次に誘い込まれ、きっとその小さな花に気づくだろう。大きなテナントに店を出していれば、どんな小さな店でも必ず人が通りかかる。でも、その先はお店の魅力次第だけれど。
 
 虫の目になってまた花を見る。まず、花序に付く赤い種(そう果)。花被片に包まれ、先に長めの釣り針のようなものが2本伸びている。これは花柱の名残で、獣などの毛に貼り付く工夫である。そして、小さな花。花弁に見えるのは4枚の花被片で、花弁とも萼とも区別が付かない花の構造である。その上の3枚は赤く、下の1枚だけ白い。赤一色の中で、その白い色こそ昆虫たちに花の所在をアピールするはずだ。

 細い花序にまばらに咲く様が祝いの品を飾る紅白の水引に見えるからミズヒキなどだそうだ。この4枚とも白いのが「銀水引」、赤花と白花が入り混ざって咲くのが「御所水引」。何とも風流な響きの花名だろう。ミズヒキは茶花、花材として使われる野草。薮に生える雑草だからとバカにしてはいけない。我が国では、庭の花木の下草、日陰の彩りとして古くから植えられ、時に切り取っては部屋を飾る愛される花の一つなのだ。繊細で美しいミズヒキがあるのだから、家人の目論見を悟り、「自然庭園ですね。」と言ってくれる人が現れるに違いない。
                                   〔撮影:2006年10月4日/兵庫県神戸市
歌を忘れたキアシヒバリモドキ                      
  林縁から「フィリリリリリリリ・・・」と細かな連続音で鳴き続けるのはクサヒバリだ。鳴いている所を見ようと木の葉の中を探すが一向に姿を見せてくれない。人の気配を感じて葉影に身を潜めているのだろう。

 暫く林を進むと、背の低い木に葉の上に6oほどの小さなクサヒバリの仲間が止まっている。体が黒く、脚が黄色のキアシヒバリモドキである。カメラを向けると直ぐに葉の裏に隠れる。それではと、葉の下を覗くとまた葉の上に移動する。こんなことをくり返しながら撮影を続けた。

 キアシヒバリモドキはコオロギ科の昆虫。だから、当然親戚のクサヒバリのように心地よい鳴き声を聞かせてくれると思いきや、大あごの先を使って震動を伝えることで威嚇や警戒をすることはあっても、ちゃんと翅もあるのに全く鳴かない。
 
キアシヒバリモドキに近縁のクロヒバリモドキも鳴かないコオロギだ。彼らが鳴かないのは天敵から居場所を悟られないためと考える説がある。コロロギ類が美声で鳴くのは遠くにいる雌を呼び込む繁殖の手段だが、これがスズメなどの捕食者にとってみれば易々と獲物を探し出す信号でもある。だから、キアシヒバリモドキなどの鳴かないコオロギは、このリスクの大きい「美声」を捨てた。代わりに、お互い身近に暮らす(生息密度を高める)ことで、繁殖相手に簡単に出会う方に進化したのだというのだ。
 
 クサヒバリは一向に見つからないのに、キアシヒバリモドキがまた一匹カメラマンの横に生えるヒカゲノイノコズチの葉の上でチョロし始めた。「鳴くコオロギに比べ、やっぱり鳴かないキアシヒバリモドキは数が多いのだろうか?」と、レンズの中で長い触角を手入れする小さなコオロギに呟いてみた。

                                     〔撮影:2006年9月24日/兵庫県三木市
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