<里山自然探訪>

セダカコガシラアブの真相究明は多難               前ページ トップ 後ページ
   先日の「里山自然探訪」にセダカコガシラアブの交尾行動の不思議を記事にした。その後この昆虫を見る機会は無かったが、昨日近くの棚田の縁で再び見ることが出来た。先日はどれもクサイチゴの花に集まっていたが、ここではモチツツジの花に来ていた。曇りで風がある所為か、花の近くの葉の上で休んでいる個体が多く、先日のように交尾行動や飛び回っている個体はほとんど無かった。
 その中にただ一個体だけモチツツジの花に潜り込んで吸蜜しているのがいたので、訪花植物の記録のためにと思い写真を写しておいた。帰ってから画像を確認して驚いた。吸蜜している個体の上にその1/3ほどの小さな個体が乗っているのである。老眼の年々激しくなる私には恥ずかしながら野外でそれは全く気づかなったが、この小さいのがセダカコガシラアブの雄で、遥かに大きな下の個体が雌のようだ。雌は腹部が大きく丸っぽく、雄とは体型が違うのが良く判る。
 それにしてもビックリなのは、このアブが「蚤の夫婦」だったことだ。昆虫ではオンブバッタのように雌が雄に比べて大きい種は多いからそれは不思議なことでは無いが、このサイズのかなりの違いにはやはり驚かずには居れない。それではと、先日の3個体が馬乗りの画像(下の記事の上の画像)を見直してみると、一番下が大振りでこれは雌個体で、今日の個体ほどでは無いにしても上の2個体は小振りだからどちらも雄のようである。そして2個体が馬乗りの画像(下の記事の下の画像)の方はどれも同じ大きさで、プロポーションから雄同士のようだ。このことから、前の記事で推論したように雄は雄雌にかかわらず交尾相手を求めて馬乗り行動をする事は確かなようである。と、ここまで書いて再び写真を子細に見れば、腹部の先が違うような・・・。どうも、雄も雌も体長差はかなりありそうだ。
 先日見た交尾中の雄が今日の画像のように極端に小さな個体であれば謎解きかなりスムーズだったのだろう。その時点で大きさやプロポーションの差異を子細に観察していただろうから。だが、それを見抜けなかったのは私の観察眼の足りないという事に変わりはない。雌雄の腹部の先端の特徴と、小さな雄での体長差を充分に見てみなければいけないようだと、老眼とそれ以上に観察眼の無さからさらに宿題を作ってしまった。

                              〔撮影:2008年05月09日/兵庫県神戸市

馬乗りの大好きなセダカコガシラアブ           
 
 クサイチゴの花が林道の縁に咲いているので、近づいて見るとセダカコガシラアブが何頭も集まって吸蜜している。数が多いばかりでなく、交尾している個体がいやに多い。花やその付近の枝や葉に止まっている個体がいると、すかさず雄がやって来て交尾姿勢をとる。その交尾中らしい時間はとても短く、直ぐに別れて飛び去って行く。さらには交尾姿勢中の2頭に他の雄が馬乗りになって、三段重ねになるケースも頻繁に起こるのである。
 満開のクサイチゴの花の周りでは、こんなセダカコガシラアブのせわしげな交尾行動があちこちで繰り広げられている。しかし、交尾にしては2頭が直ぐに離れてしまう。そして離れた個体が他所に止まっていると、直に他の個体がやって来て交尾姿勢をとる。そうした行動があちこちで見られる割には、長い時間交尾姿勢のままのペアーはほとんど無いから不思議だ。そんな馬乗り遊びの様子を暫く見ていて、ひょとして雄は止まっている個体であれば、雌雄に関わりなく交尾姿勢を取っているのではないかという疑問が湧いてきた。見つけざまに間髪を入れず背中に飛び乗る様子は、止まっているセカコガシラアブを見つけさえすれば、雄であろうが構わず上から飛び乗っているとしか見えない素早い行動である。
 話しは後先になったが、セダカコガシラアブの一番の特徴はそのスタイル。ノートルダムの鐘つき男のような背中の盛り上がった特異な体型と体に似合わぬ小さなつるんとまん丸い頭。その和名通りのとても変わった恰好のアブである。雄(多分)が闇雲に止まった個体を見つけさえすれ飛び乗り交尾姿勢をとる行動は、その変わった風貌を見ている内にその形態と深い関係がありそうに思えて来た。上の写真でも判るように、最上段の個体はその下の個体の盛り上がった背中をしっかり掴んでいるのが判るだろう。交尾姿勢に入る様子を何度も観察していると、大抵その背中を掴んで飛び乗るのである。この異様に盛り上がった背中は素早く確実に背中に飛び乗らせるためのものに違いない。
 それから、その小さな頭を見てみよう。まるで頭の全てが複眼のようだ。コウチュウやセミなどの多くの昆虫は左右の複眼が離れて別々のにあるのに、セダカコガシラアブは左右が合体したようになっている。頭全体が目でさぞかし良く見えそうと思うが、どうもかえって物体の距離感や立体感が判りにくそうな目の構造なのではないか。小さなボールのような目は体に対して小さく、ものを見極める能力も良さそうにない。そうだから雌雄も区別出来ないまま止まっている個体に飛び乗っていると考えて良さそうだ。


   
 あちこちで交尾姿勢が見られる割に、本当の交尾をしているペアが少ないのは、止まっていさえすれば雌雄構わず交尾姿勢を取ってみて雌かどうかを判断し、雄であれば直ぐに離れて行くからだろう。雌雄の判別が出来ない解像度の低い小さなボール状の目だから、実際に触れてみるしか交尾可能な雌であることを判断出来ないのだろう。上手く交尾の相手に巡り会えるまで何度でも背中めがけて飛び乗らなければならないから、急降下でしっかり着地出来るために独特の盛り上がった背中はの構造なのだと思う。これまた頻繁に観察される三段重ねの交尾姿勢も、キャベツ畑で一匹の雌を奪い合うモンシロチョウなどの雄同士のもみ合いとは全く違い、ただ単に盛り上がった背中を見つけざまに飛び乗る結果だと考えてよさそうだ。
 奇妙な形の小さな昆虫の騒がしい交尾行動の解明は推論ばかりに終始してしまったが、これはなかなかに興味ある昆虫の行動のテーマだと思う。立夏の爽やかな緑の風か漂う林の緑陰に座り込んで、奇妙な馬乗りの真実を何方か解明してみてはどうだろう。
                               〔撮影:2008年05月02日/兵庫県神戸市



キチョウのほんの出来心                  
  コナラやアベマキがようやく若芽を吹き始めたと思っていたら、枯れ木色の丘陵の木々は瞬く間にモコモコと沸き立つような淡い緑の若葉に包まれている。そんな林の中を歩くと、コバノミツバツツジの青みを帯びた赤紫の花が満開だ。こんなに高い密度で生えていたのかと驚くほど、あっちにもこっちにも咲いている。これほどの花があれば早春の虫たちはこの蜜さえあてにしていれば、餌探しの苦労は要らないだろうと思ってしまう。
 しかし、ツツジ類は花としたは大きな部類で、それに見合うようにしべも長く花冠から外にぐっと突き出している。見るからに大きな昆虫に受粉をして貰う為の花型である。このツツジ類の花にピッタリのサイズなのはアゲハチョウの仲間で、突き出たしべを足場に長い口吻を伸ばせば、花の奥の蜜を苦もなく吸えるように誂えた花型である。実際、ツツジの花にはクロアゲハやカラスアゲハなどのアゲハ類が好んでやって来る。しべに止まって口吻を距の奥に突っ込む時、足や胴体にべったりと花粉が付く。しかも、花粉は粘液で数珠のように繋がっているから、一層大量の花粉を虫に運んで貰える仕組みさせ備えられている。
 だがこの花に、アゲハより遥かに小さなキチョウが吸蜜に来ていた。距の奥に体を滑り込ませて、短い口吻で必死に花の奥の蜜を吸っている。頭部が花に隠れているからか、近づいても気づかない様子で、逃げる風もなく無心で蜜を吸い続けている。吸蜜のスタイルはと見れば、花弁の上に乗って、しべに足や胴体は触ることなく餌にありついている様子。ツツジの花型はこのキチョウのような小さな蝶類には蜜を盗まれるばかりで、送粉の仕事はしてもらえないのが良く判る。送粉の働きをせず、花の蜜だけ得る事を盗蜜と呼ぶが、このコバノミツバツツジで吸蜜していたキチョウは、観察の様子では正しく盗蜜である。やはり、ツツジ類の大きな花型はそれに見合った大きな昆虫だけが送粉者なのである。
 ところで、キチョウの吸蜜する植物を調べてみると、ハギ類、アザミ類、イヌタデ、ゲンノショウコなど小さな花ばかりで、サクラ類が一番大きな部類のようだ。ツツジ類は記録に無いから、コバノミツバツツジへの訪花は極めて稀な出来事とのようだ。このようなツツジ類での吸蜜の事例が記録されていないのだから、このキチョウが通りがかりに偶々出会ったコバノミツバツツジの花の香りに誘われて、その蜜を生まれて初めて吸うことになったというのが事実のようだ。キチョウの盗蜜はほんの出来心であって、常習犯でない事はこれで晴れた訳た。それに、このコバノミツバツツジでの吸蜜は蝶類の生態として貴重な記録なのだから、目出度し目出度しである。
                               〔撮影:2008年04月12日/兵庫県三木市

土の戸を啓かせる音                        
  今日は啓蟄。しかし、朝から雨交じりの雪が降っていて、とても昆虫が動き出す雰囲気ではない。今年は春の足取りが随分ゆっくりで、3月に入っても庭に霜柱が立ち、池に氷が張る日が続いている。このように外気はまだ早春並の肌寒さだが、太陽高度は立春から比べてもかなり高くなっていて、雲の切れ間から明るい陽が射せば仄かな温もりが感じられ、陽光と共に確かに春が訪れている事を感じることが出来る。
 さすがに今日の雪模様の天気では、虫のいる風景の撮影は期待薄と思うのだけれど、昆虫好きとしては啓蟄に活動する昆虫をどうしても見てみたいのである。と言うことで今年も、昆虫の出が例年他よりも早いこの水田にやぱりやって来てしまった。
 オオイヌノフグリ、ナズナ、そして少しのカンサイタンポポが咲いている枯れ草の覆う畦の土に手で触れると、微かに温みが伝わって来る。日照量の増加で、地温は確実に上昇しているようだ。指の先で確かな春を味わっていると、地を這う若草の合間からナナホシテントウがはい上がって来た。地熱と若草の代謝熱に包まれている御陰で、こんな雪交じりの寒い日でも、地表で暮らす昆虫は充分活動出来るようだ。
 啓蟄は、土の中で越冬しているカエルや昆虫がなどの小動物が、春の気配に目を覚まし、土の戸を啓き這い出てくる頃の意。では一体どのような仕組みで、地中で暮らす小動物は春の訪れを感知するのだろう。
 日長の変化で休眠が誘引されたり、覚醒されたりする生物は少なくない。晩秋の冬眠開始は日長が関わるとしても、土の中は光の影響を受けないから、春の目覚めには日長が主因とは考えられない。では、温度の上昇なのだろうか。それだと、冬やまだ雪の残る早春でも、一時的に高温になることもある。この時休眠を解除したら、再び低温に晒されてしまう。そう考えると、単純に気温が虫たちを地中からはい出させる主要因とはならないだろう。

 動物や昆虫の休眠には、ある特別なタンパク質やホルモンが関わっているらしい。ある刺激によってその物質の量が変化することで、休眠を誘発したり、覚醒を起こさせたりする。まだ確実に特定されていない生理活性物質が何れであるにしても、これらの生成や分泌を制御する主因は、日長や気温などの外的な環境の変化であることに違いはない。
 このような分子生物学的な研究とは別に、カマキリの卵と積雪の関係を科学的に解明した新潟の酒井氏は、地中の超低周波センサーを使った実験により、三月に入る頃地中の振動が突然大きくなることを確認した。啓蟄の頃の地中の大きな振動が目覚まし時計となって、虫たちの目を覚ますのだろうと氏は推論している。
 啓蟄を緻密な生化学的手法で解明するのもすばらしいが、「早くおきなさい!もう春だよ」と土の母に揺り起こされるという、何とも土臭い(泥臭い?)理由の方が、土の内の中で繰り広げられるミステリーの解決としてはしっくり来るように思う。
                              〔撮影:2008年03月05日/兵庫県神戸市

何でも喰いのヨモギエダシャク                   
  谷津田に晩秋のいきものを探して歩いてみる。セイタカアワダチソウの薄き黄緑色の花穂の海原が、日増しにオレンジ色を帯び、秋の深まりを実感させてくれる。すっかり日本の晩秋の風情の座を得てしまったこの帰化植物は、虫たちにとっても蜜源の少なくなる季節の貴重な餌場となっているようで、ハチ、ハナアブ、チョウなどが沢山集まっている。虫陰の減ったこの時期、虫を追うカメラマンにとっては手っ取り早く被写体を見つけられるから、この花群に自然とつい足が向いてしまうのである。

 その群落に目をやると直ぐ、花穂のぶら下がる5pもありそうな大きな芋虫を発見。ヨモギエダシャクの終齢幼虫である。和名からすればヨモギの葉を専門に食べそうなのだが、この尺取り虫はかなりの広食性の持ち主で、キク科はもちろん、クワ科、バラ科、ミカン科、ツバキ科、セリ科、マメ科、ミカン科、ナス科、ボロボロノキ科などと草本類から木本類まで驚くほど広範に亘っている。小豆や落花生などの畑作やリンゴやミカン、茶まで食害するから、農家には厄介な農業害虫ともなっている。

 ただ一種類の植物だけを食草にする昆虫もいる一方、この尺取り虫のように実に様々な植物を食べる種もあるのである。色々な植物が採餌の対象になるのであれば、餌には事欠かないだろうから旺盛に繁殖出来て、野山でこのヨモギエダシャクにいくらでも出会えそうなものだが、意外に見かける機会は多くない。このことは、いきものたちの世界は、複雑な自然のつながりの中で微妙にバランスを取り合いながら息づいているという一つの証拠なのかもしれない。
                                〔撮影:2007年11月04日/兵庫県神戸市
                                  前ページ トップ 後ページ