<里山自然探訪>

クロスジフユエダシャク                    前ページ トップ 後ページ
 初冬の雑木林を歩いていると、彼方此方に小さなガが舞っている。淡褐色をしたそのガの名はクロスジフユエダシャク。フユシャクとは冬に発生するシャクガの総称である。フユシャク類は、他の昆虫が姿を見せない晩秋から晩冬にかけて活動する、ちょっと風変わりな昆虫なのだが、季節的なすみわけによって、他の競争相手の居なくなった寒林を思う存分舞い飛ぶ知恵者でもあるのだ。

 フユシャクは、フユシャク亜科の14種,エダシャク亜科の15種,ナミシャク亜科の14種が知られていて、そのほとんどは夜行性だが、このクロスジフユエダシャクは昼行性だから、変わり者の中のさらに変わり種という訳で、冬の昼間の雑木林で飛び回っているのはほぼクロスジフユエダシャクということになる。初冬ともなると、雑木林のいきものはめっきり姿を消してしまっているから、写真の被写体捜しに苦労する。だから、毎年決まって初冬の林に姿を見せてくれるこのガは、かなりの天の邪鬼ではあっても、とても可愛らしく見えてくるのである。

 林の中を盛んに飛び回っているのは皆雄。なぜなら、フユシャクの雌は翅が無いかほとんど退化していて飛ぶことはできないからだ。クロスジフユエダシャクの雌もやはり無翅である。それで、雌の体はほとんど大きな腹部だけに見える。飛ぶための翅を捨て、交尾や産卵だけに目的を絞り、繁殖以外にエネルギーの消耗をしないための戦略だ。歩くことしか出来ない雌は、腹部の先からフェロモンを出して雄を呼ぶのである。雄が林間を盛んに飛び回っているのはお相手の雌を探す行動なのである。

 雄が多い場所には雌もいるかもしれないと、地面から突き出た木の枝や落ち葉見て回るが、枯れ木や枯れ葉と良く似た小さなガを見つけるのは容易でない。しかも目につきやすい翅も無いのだから一層発見は困難だ。もう諦めかけた頃、目の前の蜘蛛の巣に、飛び回っていた雄が掛かった。すかさず主のクモが糸を蔦って獲物に向かって来たと思ったら、直ぐに胸に食らいついた。雄は間もなく動かなくなってしまった。変温動物のフユシャクがわざわざ寒い季節に発生する理由は、他の天敵がいない時期を狙った賢い戦略と感心していのだが、もうクモなど活動していないだろうと思い込んでいた寒林の中で、こうもいとも簡単にクモの餌食になる姿を目の当たりにさせられると、いきものを廻る生態システムは、想像以上に複雑に絡み合って出来上がってるものだと実感させられるのである。そして、生態や行動を一面的な解釈で説明しようとするのはとても愚かで、その仕組みを簡単に解き明かすなんて到底無理なことだと改めて教えられるのであった。                               
                              
                      〔撮影:2009年12月10日/兵庫県神戸市
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