2002年2月
・初春から仲春に移ろう頃である。北風も和らぎ、先日まで灰褐色であった草木も一雨ごとにあおさを取り戻してくるようだ。耕耘機で掘り返された茶褐色の田んぼのあちこちからヒバリのさえずりが聞こえる。時折、「ピーチュル、ピーチュル」と鳴きながら天に向かって飛ぶ「舞雲雀」の姿も見られるようになった。七十二候の中国暦で「鴻雁来」にあたる時節であるから、冬の間南に渡っていた鳥達が北の国に舞い戻って来る季節というわけだ。2月6日に再来神して、2週間以上も滞在を続けたオオワシも、24日の午後から姿を消した。生物の行動は歳時暦そのままで、驚くことが実に多い(神戸市西区神出町/2月25日記)。
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ヒバリ |
・家庭菜園の前の車道の電柱にチョウゲンボウが止まっていた。スコープをセットする間に飛び立って、近くの集落に降りたった。飛び込んだ辺りを車で彷徨いてみる。直ぐにスレート葺きの車庫の屋根に止まっているのを見つけた。不思議と5m程近づいても逃げようともしない。カメラのレンズ越しに覗くと、胸元から下がびっしょりと濡れている。羽根が乾かないことには思い通りに飛べないから、危険距離がいつもより短いのだろうか。さて、どうして水浸しになったのやら。この辺りの畑には水桶を所々置いてあって、スズメなどの格好の水場になっている。吸水中の小鳥を狙って桶に突っ込んだが、狩りに失敗して返り血(いや、水)を浴びた。はたまた、川の間近でもあるから、川辺に集まるイソシギやカワセミなどを襲ってどっぷりと水をかぶってしまった。幼鳥なのでつい失敗したことばかりを想像するけれども、満足そうな目とぼってりとした腹の辺りを見れば、「ああ、満腹だ。のんびり羽根でも乾かすか」と想像するのがチョウゲンボウの名誉のためでもあるだろう(神戸市西区平野町/2月18日記)。
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チョウゲンボウ(幼鳥) |
・夜、「あっ! 出てくる」と家内の叫び声。子供が野遊びで持ち帰ったハラビロカマキリの卵鞘の孵化の始まりだ。茶褐色の卵鞘の表面から体をひねらせながら、薄い膜に包まれた薄緑の長卵形の幼虫が少しずつ外に出てくる。お尻まで脱出すると薄皮を次第に脱ぎ、こごまっていた脚や触覚も見る見る伸びてゆく。お尻から細い糸を出して、徐々に降下するうちに脚や触覚も十分に伸長し幼虫らしい姿に変身する。いち早く孵化した幼虫は、脚や背中が褐色を帯びてきて、腹部も成虫のようにキュツと天に向かって反り上がり、両脚でファイティングポーズで身構える様子が何ともかわいらしい。カマキリの餌は昆虫類だから、野外では昆虫の活動が活発になる頃に孵化が始まるわけだが、暖かな室内で育てたから季節外れの誕生となったようだ。啓蟄もまだまだ先。餌の確保が難題だ(神戸市西区/2月14日記)。
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孵化したハラビロカマキリの幼虫 |
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・立春を過ぎると急に陽の光も明るさを増し、風と雲がなければ野辺も春の気配である。寒い日の連続に硬直しそうな体も、柔らかな日差しに解凍を始めたのか、何となく身も心も開放されたような気分である。この「光の春」を感じる頃に、冬田にも耕耘機が入り、枯れ草色の風景も紙が一枚ずつ捲れるように、次第に土色に変わっていく。渡去をひかえた冬鳥達は、掘り返された土塊の間から湧き出てくる虫達を無心につつき、長旅の栄養補給に余念がない。無心に餌を貪る鳥達は警戒心もゆるむのか、真冬に比べればかなり間近に観察できるようになる。それは野鳥ばかりではないようで、耕耘作業の続く傍らに、チョウセンイタチさえもが顔を覗かせているのには驚きだ。動物たちも、春の訪れを随分と待ちわびていたということなのだろう(神戸市西区神出町/2月6日記)。
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チョウセンイタチ |
・今年はジョウビタキが少ないと思っていたら、先月下旬頃からあちこちで出会うようになった。毎冬雄を見ている神社でも、ようやく目にするようになった。この鳥は、雄と雌で別々のなわばりを造るという。この境内でも、北に雄、南に雌が陣取っていて、小枝や柱の上で尾をブルブルと震わせたり、地面に飛び降りて餌の昆虫を漁ったりと忙しない。人里近くに住み、人をあまり恐れず、雄のよく目立つ美しい姿もあって、なじみ深い鳥の一つである。モンツキドリ、クラタタキ、ユキビタキなど60以上もの地方名があるのは、身近な鳥の何よりの証だろうが、中にはバカッチョという気の毒なものもある。ヒタキ類特有の愛らしい目をしているけれども、ヤマウルシやヌルデなどの小果実に飛びついてくわえたり、窓ガラスや車のミラーに飛びかかったりとなかなかやんちゃな鳥でもある。その姿を見るとついカメラを向けたくなるのは、こうした様々な行動の故だろう。毎日大体決まった時間にお決まりのコースをパトロールするから、絵になりそうな場所でカメラを構えていれば、きっと満足のいくポーズを収めることができるだろう(神戸市西区岩岡町/2月4日記)。
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ジョウビタキ(雄) |
2002年1月
・正しく猫の額ほどの我が家の菜園も、白菜、パクチョイ、白蕪などが厳冬期も生育を続け、不況の家計を助けてくれている。温暖な季節に比べればはるかに害虫の少ない冬は、嘴の黄色い百姓でも何とかそりなりの収穫があるものだと、寒さの苦手な私でもつい極寒に感謝したくなる。しかし、真冬でも全く虫害が無いわけではない。青菜を良く見れば、小さな丸い虫食いが容易に見つかる。キャベツやブロッコリーは遠目でもはっきり判るほど、葉の縁がギザギザに食害されている。犯人はモンシロチョウの幼虫で、寒の緩んだ日には葉の表に一匹ならず何処からかはい出してきて、僅かに高度の高くなった陽を浴びている。モンシロチョウは普通蛹で越冬するが、温暖な地方では幼虫で冬を越すこともあるらしい。「蛹で越冬する」としている図鑑も多いから、この東播磨が温暖なのか、近年の暖冬傾向の所為なのか青虫に聞いてみたくなる。終齢幼虫は低温短日条件で蛹休眠に入るというから、立春を間近に控えたこの青虫たちは農薬の降り注ぐことのない楽園で、休眠をすることも無くこのまますくすくと成長を続けるのだろう。蛹越冬の場合、休眠覚醒に2か月の低温接触が必要であるのだから、休眠もなく羽化を迎えるであろうこの幼虫たちは、もしや成虫の初見記録を更新するかも知れない。そう思うと、指で摘んで潰すことなどとうてい出来ないのである(神戸市西区平野町/1月30日記)。
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モンシロチョウの越冬幼虫(終齢) |
・今月19日に神戸市西区で見つけたオオワシにそっくりの写真を、27日付の神戸新聞のトップページで見た。写真の個体は17日に加西市で撮影されたもので、オオワシの飛来は兵庫県では15年ぶりとか。すでに昨年末には西脇市や小野市で目撃され、日本イヌワシ研究会の先生も現地観察されたとの記事である。当初、この個体はオジロワシと思われていたらしい。思えば、今月上旬、あるBBSに豊岡地方でオジロワシが確認されたという書き込みがあった。こうした情報をつなぎ合わせて、この個体は年末に播磨地方から北上して但馬地方に移動、中旬に再び播磨に飛来したのだろうと、机に地図を広げてあれこれ推察するのも楽しい。動物の長距離移動はかなり未解明な部分が多い。それだけに非常に興味をそそる動物行動の一つである。アサギマダラの長距離移動では、マーキングの情報などがインターネットを利用して広く公開され、未知の移動ルートなど貴重なデータが集積され続けている。猛禽類の移動もハイテクによる究もなされてはいるが、こればかりで解決できない部分もかなり多いだろう。珍鳥情報が流されると、撮影者などが集中し、繁殖の放棄、田畑を荒らすなどのトラブルもあると聞く。ただ純粋に動物の行動を究明することを望むものからすれば、ITによる速やかな情報提供と末端情報を集積するシステムが欲しいと、オオワシの飛跡を想像しながら思う。こうしたセンターがあれば、集まった画像などによって、生物研究の基となる種の同定もそれ程時間を要しないだろう。近年話題になるはぐれ熊(ツキノワグマ)の移動も、多くの市民の情報提供によって明らかになり、野生生物と人の共存をさぐる貴重な資料となっていることを考えれば、そのことを強く痛感する。こうした希少な生物に限らず、身近ないきもの現況を記録する場も求められているのだけれど(1月28日記)。
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電柱に止まる巨大な鳥陰、電柱の下の手のひらほどの大きな糞がオオワシ探索の手がかり(神戸市西区神出町/1月19) |
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・家内が居間にカメムシがいるというので見に行くと、仰向けになったクサギカメムシが起きあがろうと床の上で脚をばたつかせている。この虫は家屋で越冬することで有名で、中部や東北地方の山村などでは、民家の床下や屋根裏に大群が集合することで知られる。ただ静かに寒い冬を人と共に過ごすだけなら問題は無いわけであるが、秋に越冬場所を探して無数のカメムシが室内を彷徨き、電灯の周りを飛び回り、食事時であれば食べ物の上に容赦なく落ちてくるからたまらない。何と、学校の授業が中断されることもあるらしい。その上、カメムシ類はクサガメとも呼ばれるように、悪臭の強い有害昆虫の代表。クサギカメムシも例外ではないから、不快感も尋常ではない。揮発性の強いこの臭いは幼虫の時は腹部の背面から、成虫になると中脚のつけ根に左右一対開口している分泌腺から出るという。カメムシ酸と呼ばれるこの臭いは、へキサナール、オクテナール、ディセナールなどが主な成分らしい。小さな容器に数匹入れて1匹を刺激し臭いをださせると、皆死んでしまうほどの強烈なものであるから、一度この悪臭を経験した鳥はもう二度と見向きもしないのである。この臭気は外敵に対して防御物質であるけれども、敵の攻撃を受けた個体が出す臭いは仲間に危険を知らせる「警報フェロモン」になり、弱く分泌されると越冬集団などを作る「集合フェロモン」として働き、一石二鳥どころでない凄い物質なのだ。小さな虫の知恵に感服である(神戸市西区/1月15日記)。
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クサギカメムシ |
・芦屋川から六甲のロックガーデン中央道を歩いた。久しぶりに暖かな春のような陽よりで、急峻な岩場を登る背中も汗ばんでくるほどだ。Bケン尾根の見渡せる所で、艶やかなに膨らんだオオバヤシャブシの冬芽を見つけた。芽と花序は今にもはち切れんばかりで、内側から満ちあふれる生命を何とか数枚の芽鱗で包み込んでいた。六甲にはオオバヤシャブシやヒメヤシャブシなど緑化樹が多いが、ヒメヤシャブシは「はげ山をしばる」ことからハゲシバリの別名があるほどで、治山用の植栽樹の代表なのだろう。六甲の山々は江戸から明治にかけて、薪や芝刈りなどによる過度の利用によってはげ山と化してしまった。砂漠のような山肌で植林による緑の再生が始まったのは1902年。今年は、六甲の緑の再生100年目の年である(神戸市六甲山系/1月12日記)。
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オオバヤシャブシ |
・明石川でユリカモメの群飛を見る機会が多くなったのは、年末頃からのようだ。明石城のお堀には毎年たくさん集まって来て、人からパンくずなどを貰う様子をよく見るけれども、中流まで飛来するのは少ないように思う。真っ白な体に、真っ赤な嘴と脚。清楚な雰囲気は、この鳥の名が白百合に因むことを十分納得させるものである。しかし、世には幻想も多い。この鳥とて例外ではない。埋め立て地のゴミに群れるTV映像を幾度も見るように、実はこの鳥は
ゴミ箱を漁るのはカラスに負けないほどの悪食の都市鳥なのである。古名の「都鳥」は美しい京女を連想させるけれども、鴨川はすでに伊勢物語の時代から生活廃棄物の多い都市河川であったことを、業平の読んだ歌は教えてくれるのである。今、目の前で明石川に群れる鳥の姿は、年末年始でゴミ収集が休止され餌場を一時的に失ない、川を朔上しながらオイカワなどの小魚を求めて中流までやって来たということなのだろう。人に餌を強請るより、水中の獲物をめがけてダイビングする姿の方がよほど美しいと思う(神戸市西区平野町/1月8日記)。
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ユリカモメ |
・小寒も過ぎ、寒さが一団と厳しくなった。冷たい強風にもまれて時折天から舞い降りてくる子雪を頬に受けながら河原を歩くが、枯れ草ばかりで被写体の虫や草花を探すのはさすがに難しい。暫く進むと、すっかり枝葉が落ち主軸ばかりになったニワウルシの群落を見つけた。主幹は幾段もくの字に曲がり、その節々に大きなハート形の葉痕がついて、内側には維管束痕が小さな隆起となっていくつも並んでいる。緑のない極寒の季節は、冬芽や葉痕を探して歩くのも面白いかも知れない(神戸市西区平野町/1月8日記)。
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ニワウルシ |
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